ハイブリッド型社会的企業の運営を可能にする「構造化された柔軟性」

社会的企業とは、社会問題の解決を目的としたビジネスに取り組む企業を指しますが、社会問題の解決と収益を生み出すビジネスを両立させることは簡単なことではありません。SmithとBesharov (2019)は、営利企業と非営利企業の要素を併せ持つ社会的企業を、「ハイブリッド型社会的企業」と呼び、Digital Divide Data (DDD)というハイブリッド型社会的企業を対象とする5年にわたる調査を通して、ハイブリッド型社会的企業が持続的に経営を行うことを可能にする「構造化された柔軟性」というコンセプトを導き出しました。すなわち、しっかりとした構造を有しながらも、環境に応じて柔軟な対応を可能にする組織づくりを行うことが、ハイブリッド型社会的企業の持続的な運営に有効だというのです。

 

DDDは、カンボジアで最も不利な状況に置かれている人々を訓練しながらデータ入力業務に従事させることでスキルを獲得してもらい、もっと高い収入を得られる職につけるよう支援する(卒業させる)ことを目的として設立されました。DDDは、世界でももっとも貧困で不利な人々を支援しつつも、事業存続のための収益を生みだすビジネスとして成立させるという2つの異なる目的を両立させるという困難性を宿命として設立された社会的企業だと言えます。相矛盾するあるいは対立する目的を有しているのは社会的企業というビジネス上の宿命であって、この困難性から逃れられません。しかし、この2つを両立させることが、そのような存在意義(パーパス)を持った企業が持続的に運営されるために必要不可欠なのです。つまり、社会問題の解決と収益を生むビジネスのどちらか一つのみに偏ってしまうと、そもそもDDDが設立された存在理由としてのパーパスを実現できないのです。

 

SmithとBesharovは、DDDの設立からの紆余曲折を詳細に調査する中で、「構造化された柔軟性」という組織運営の特徴の重要性を発見しました。では、この構造化された柔軟性とは何なのでしょうか。これは2つの構造から成り立っています。1つ目は、「パラドキシカル・フレーム」という経営トップをはじめとして社内で共有される構造的なマインドセットで、2つ目は、「ガードレール」と呼ばれる、DDDが間違った方向に進んでいかないように進行方向をガードする組織内構造です。そして、この2つの構造を保ちつつも、経営としては常に実験的試みすなわち試行錯誤を繰り返しながら環境との相互作用を行い、柔軟な経営をしていくのです。この構造化された柔軟性が、営利性と非営利性の両方を合わせもつハイブリッド型社会的企業に宿命づけられている相対立する2つのパーパスを両立させることにつながると考えたのです。

 

DDDにとってのパラドキシカル・フレームとは、相矛盾する目的同士が相互に関連しているため、社会的企業を持続させるためには、それらを両立させることが必要不可欠であることを認識し、それを常に意識して組織を経営していたということです。これは、社会問題の解決とビジネスとしての収益性の両方を常に追求するということで、どちらか一方を優先することでも中途半端に妥協することでもありません。経営トップ以下、このようなパラドキシカル・フレームをリーダーやマネジャーで共有するというマインドセットとしての構造なのです。とはいえ、単に経営者、マネージャー、働く人々のマインドセットがそうあるだけでは経営が持続するとは言えません。そこで、両方の目的が実現するようにいろいろと動いてみる。すなわち、実験的な試み、試行錯誤を常に繰り返してなんとかビジネスを前進させるということが必要になってきます。

 

上記のように、パラドキシカル・フレームという認知的構造を維持しつつも試行錯誤を通じていろいろと動いていく運営において、その動きが不適切な方向に行ってしまわないようにガードするのが、ガードレールという2つ目の構造です。ガードレールは、片方は社会問題の解決、もう片方は収益を生み出すビジネスという測定可能な指標などを指し、社会問題の解決もしくは収益を生み出すビジネスのどちらかに焦点が当たりすぎ、どちらかの方向に行きすぎることで、片方の目的から遠ざかってしまいそうになったときに「赤信号」が点灯して方向転換を促すような構造です。社会的企業を道を走行している車に例えた場合、社会問題の解決と収益を生み出すビジネスは対立していて距離があるので、ある程度の道幅があるところを企業が走行するイメージです。片方に寄りすぎてガードレールにぶつかったら方向を反転するというイメージを持ってもらえば分かりやすいでしょう。

 

SmithとBesharovがDDDを調査した5年で、DDDが有していた「構造化された柔軟性」がどのように働いてきたかを簡単に説明しましょう。2001年にDDDが設立される前後から、創業者の頭の中では、DDDの宿命として最も不利な人々を雇用してサポートしながらビジネスとして収益を生み出すことが矛盾し対立していること、けれどもそれらを両立させることが会社設立の目的でもあるというパラドキシカル・フレームが出来上がっていました。この矛盾ないしは対立が顕在化するたびに、創業者やDDD幹部は、自社のアイデンティティ(私たちは何者か)やパーパス(何のために存在しているのか)に立ち返り、それを再検討します。また、社会問題の解決を主眼とする幹部と、ビジネスの専門家としての幹部の両方を経営に参画させることでガードレールの審判役を確保しました。そして、DDD運営の初期には、社会問題の解決を図るための試みがビジネスの持続性を犠牲にしているという懸念が、ビジネスを専門とする幹部から挙がって来ました。ガードレールにぶつかったわけです。

 

ガードレールにぶつかると、方向が転換します。今度は、ビジネスを専門とする幹部の増加や彼らの献身的な努力によって、様々な試行錯誤が行われました。そうする中でだんだんと困難が克服され、ビジネスが軌道に乗ってきます。しかし、収益を生むビジネスの成立と社会問題の解決という2つの目的の矛盾や対立が解消されたわけではありませんし、DDDが存続するためには両立が不可欠であるとう条件も変わっていません。また、ビジネスが成長していくにつれ、DDDの将来の方向性について様々な課題や懸念材料も出てきます。再び、DDDのアイデンティティやパーパスの再検討が行われます。そして、今度は、ビジネスとしては順調でも、社会問題の解決に対してDDDが十分にインパクトを出せているのかという懸念が社会問題側の幹部から出され、反対のガードレールにぶつかりました。それはDDDのさらなる方向転換を意味していました。

 

DDDはさらなる社会問題解決へのインパクトを求めて企業の舵取りを行っていきました。このように、SmithとBesharovが調査していた期間において、DDDは、パラドキシカル・フレームという認知構造を維持しつつ、なんとか2つの相対立する目的を両立すべく、組織のアイデンティティやパーパスを再検討、再定義し、それに基づいて試行錯誤を繰り返してきました。そして、どちらかが行き過ぎるとガードレールにぶつかって軌道修正するという動きを繰り返してきたのです。パラドキシカル・フレームとガードレールという構造があったからこそ、DDDが試行錯誤を通じて柔軟に組織を走らせても、迷走することなく社会問題と収益を生むビジネスの両立を追求しながら事業を継続することができたのだと言えましょう。繰り返しますが、社会問題の解決と収益を生み出すビジネスという矛盾や対立は解消されることはないでしょう。ですが、この両者を追い求め、両立させることがそもそも社会的企業を設立する目的でもあり、存在意義でもあるのです。構造化された柔軟性が、このような困難な宿命にある企業を持続させるために有効であることをSmithとBesharovは見出したのです。

 

参考文献

Smith, W. K., & Besharov, M. L. (2019). Bowing before dual gods: How structured flexibility sustains organizational hybridity. Administrative Science Quarterly, 64(1), 1-44.