経営の本質は「山岳地帯での探検」である1:凹凸地形概念とNKモデルの紹介

企業や組織の経営の本質は複雑性との闘いといっても過言ではないでしょう。確かに、戦略、組織、人事、マーケティング、会計、ファイナンスなど、経営学には様々な分野があり、それを一通り学ぶことで企業経営の知識を身に着けることはできるでしょう。しかし、実際の経営はそれらの知識を足し合わせればうまくいくほど単純ではありません。とりわけ現代はVUCAの時代といわれます。企業全体を操ること自体が複雑な調整作業であることに加え、環境も複雑性や不確実性が高まっているのです。そこで今回は、企業経営の本質が「山岳地帯での探検」であるというメタファーを使って説明してみましょう。このメタファーの源となるのが、Baumann, Schmidt, & Stieglitz (2019)が文献レビューをした複雑系研究における「でこぼこしたパフォーマンスの景観」あるいは「凹凸地形」 (Rugged performance landscape)という概念です。


これは、パフォーマンス(業績)を山に例えた表現です。山を登るということはパフォーマンスを向上させること、山を下るということはパフォーマンスの下降につながることを意味します。企業としては当然、顧客満足や売り上げ、利益などのパフォーマンスを高めるべく経営を行うわけですが、パフォーマンスを示す山々を、「視界の悪い山岳地帯」だと理解するのです。何故でしょうか。仮に、パフォーマンスを示す山が、澄み切った雲ひとつない視界に存在する富士山のように周りに何も他に山がない状態だと考えてみてください。企業としては、パフォーマンスを高めるためにどこを目指せばよいのかが一目瞭然です。この場合、経営とはなんら複雑なものではなく、単に、様々な要素の調整を繰り返して、一歩一歩富士山を登っていけばよいだけの話です。いずれは、頂上(すなわちパフォーマンスの最大値)に行きつくことが可能です。しかしこれは、以下に説明する複雑系のNKモデルの最も単純かつ極端なパターンでしかなく、現実的であるとは言えないのです。


では、NKモデルとは何かについて説明しましょう。これは、企業でなくてもなんでもよいのですが、まず、活動主体を、N個の意思決定を行うものとして理解します。企業は日々様々な意思決定をしながら経営していますが、これをN個の意思決定の束として考えることは可能です。もともとNKモデルが考案された進化生物学の分野では、特定の生物を特徴づける遺伝子が形態や特質に関するN個の選択の束と考えるのと同じです。そして、N個がすべて独立していれば簡単なのですが、N個の意思決定がもたらす効果は、平均してK個の他の意思決定の影響を受けると考えるのがNKモデルです。


例えば、ある製品の部品1つを別の違う機能を持った部品に取り換えることを考えてみましょう。それが独立して製品の性能に影響を与えるのではなく、その部品は他の部品の働きに影響を与えるでしょうし、その部品の働きも別の部品から影響を受けます。よって、その意思決定が本当に製品の性能を高めるのか分かりません。別の例を挙げれば、企業内の特定の部署の制度とかシステムを別のものに取り換えることを考えます。その部署が完全に独立して運営されていればなんら問題ありませんが、実際には、その部署で何か制度やシステムを変更すると、それが他部署の制度やシステムに影響を与えてしまうので注意深い調整が必要だと思います。このように、企業経営を含め現実の多くの事柄は、「あちらを立てればこちらが立たず」というように絡み合っている、すなわち相互依存の関係にあるのです。それをモデル化しているのがNKモデルなのです。


N個の意思決定すべてが独立してパフォーマンスに影響を与えているならば、パフォーマンスの景観とか地形は、富士山のような単純なものになります。単なるN個の意思決定の影響の総和として理解ができます。しかし、NKモデルのKの値が大きければ大きいほど、個々の意思決定が相互に影響を与えあうので、パフォーマンスの地形は、まるで山岳地帯のようにでこぼこの山々のようになり、どこに一番高い山があるのかが分かりません。しかも、私たちは世界全体を見渡せるわけではなく、自分の周りしか見えません。つまり、視界のわるい山岳地帯をさまよっている活動家と同じなのです。いま自分が登ろうとしている山が一番高い山なのか、すなわちパフォーマンスが最大になる山なのかさえ分かりません。登り切って頂上にたどりついたら、小さな山のてっぺんに過ぎなかったということが大いにあり得るわけです。そうなってしまったら、山を下りねばなりません。これはパフォーマンスを下げるということを意味します。だからといって、次にターゲットとする山がそれよりも高い山なのか、もっと小さな山なのかさえ分からないのです。


いかがでしょうか。現実の経営というのは、富士山に登るようなものではなく、視界の悪い山岳地帯に迷い込んで、なんとか一番高い山を探しだして登ろうとするようなものだというイメージがつかめましたでしょうか。iPodiPhoneの黎明期を思い出してみてください。これは、日本のエレクトロニクスメーカーなどが、比較的低い山々をうろうろしている間に、アップル社が一番高い山(つまり顧客の心をわしづかみにして企業業績を一気に高める製品)を見つけ出して一気に上り詰めてしまったと解釈できないでしょうか。だとすれば、問うべきことは、なぜ他の企業が見つけられなかった高い山を、アップルは見つけることができたのかということでしょう。関連する問いは、アップルは偶然高い山を見つけられただけなのか、何か高い山の頂上にたどり着くための経営ノウハウもしくはアルゴリズムを有していたのかということでしょう。


iPodiPhoneの例は、他のエレクトロニクスメーカーが漸進的な製品の改良を繰り返していたのに過ぎないのに対し、アップルは、大きな製品イノベーションを起こしたのだと解釈できるでしょう。これは、NKモデルの生みの親の分野である進化生物学でいえば、多くの生物が小さな遺伝子の変更を繰り返しながら子孫を残しつづけている中で、遺伝子の大きな突然変異が起こって形質がかなり異なる個体が誕生したようなものです。問題は、そのような突然変異を起こした生物が生き残って繁殖するのか、すぐに死滅してしまうのかはわからない、それはどれだけ環境に適応しているのか(凹凸地形で高い山を見つけられるか)によるということです。だから、やみくもにイノベーションを目指せばよいというわけではなく、漸進的な改良や改善も重要であるということも分かります。では、両者のバランスをどうするのが一番生存率や成功率を高めるのでしょうか。凹凸地形研究は、このような問いに答えるために、意思決定が相互依存するNKモデルなどを通じて山岳地帯(凹凸地形)を表現し、その中に迷い込んだ活動主体(企業など)が、どのような戦略やアルゴリズムを用いるとどのような結果になるのかを研究することで実践に役立つ知識を生み出そうとする分野なのです。

参考文献

Baumann, O., Schmidt, J., & Stieglitz, N. (2019). Effective search in rugged performance landscapes: A review and outlook. Journal of Management, 45(1), 285-318.