経営の本質は「山岳地帯での探検」である2:「両利きの経営」はどのような環境で必要とされるのか

前回の記事では、凹凸地形という概念とNKモデルを紹介し、企業経営の本質が「山岳地帯での探検」であるというメタファーを紹介しました。これは、パフォーマンス(業績)を山に例え、その山々を「視界の悪い山岳地帯」だと理解し、企業は視界のわるい山岳地帯をさまよっている活動家だと捉えるものです。そして、このメタファーを理解するツールとしてNKモデルを紹介しました。NKモデルは、企業が行うN個の意思決定のうち平均してK個の他の意思決定の影響を受ける(すなわち意思決定が相互に依存しあい絡み合っている)と考えるモデルでした。これらの概念ツールを使う際の経営学上の問いとして、企業はどのようにすれば、一番高い山の頂上にたどり着くことができるのか(パフォーマンスを最大化できるのか)、というようなものでした。今回は、その流れにおいて近年脚光が当たっている「両利きの経営」との関連性を説明し、Uotila (2018)によって行われた、どのような環境において両利きの経営が求められるのかについての研究を紹介します。


両利きの経営とは、こちらの記事でも紹介した通り、既存事業の「深堀り」(exploitation)と新しい事業機会の「探索」(exploration)を両立させる経営のことを指します。これを、凹凸モデル上で活動する企業をNKモデルに適用するならば、「深堀り」は、漸進的な改善のような行為を指し、「視界の悪い山岳地帯」において自分が現在いる山を一歩一歩、頂上に向けて登っていくような活動を指します。NKモデルでは主にこのような深掘りを「ローカルサーチ」(近隣の捜索)と呼びます。N個の意思決定のうち、少数の要素の意思決定を変更して様子を見ながら改善をする方法です。一方、「探索」は、大きな変化やイノベーションを求めて、遠くの山々まで探索する活動を指します。NKモデルではこのような探索を「ロングジャンプ」と呼びます。N個の意思決定のうち、多数の要素の意思決定を変更することで大きな変化やイノベーションを生み出そうとする方法です。ローカルサーチは、確実に今いる山の頂上に向かうことができるという長所がある一方で、山自体が小さい場合にそれ以上に高いパフォーマンスが見込めないという短所があります。ロングジャンプについては、大きな山を探り当てる可能性を高めるという長所がある一方で、視界不良の中、うまく高い山が見つからないというリスクもあります。


このように、企業経営を、「深掘り」と「探索」のバランスをどうとっていくかという問題に集約させた場合、Uotliaは、大きく2つのアプローチを対比させました。1つ目は、今回のテーマである「両利きの経営」で、深掘りと探索を同時に行う(両立させる)という経営です。もう1つは、「断続平衡(punctuated equilibrium)モデル」で、むしろこちらのモデルの方が組織変革論では伝統的に支持されてきました。断続平衡モデルは、通常は企業は「深掘り」を中心とした経営を行い、ある時に、急激に「探索」によって大きな変革を行うというモデルです。両利きの経営が、企業は常に既存事業の改良と新規事業などのイノベーションの両方を追求しているので、連続的に変化し続けている存在というイメージなのに対し、断続平衡モデルでは、企業は通常は既存事業の改善を中心とし業務も安定しているが、断続的に大きな組織変革が起きるというイメージになります。Uotliaが発した問いは、「両利きの経営と断続平衡モデルのどちらが、どの状況下において必要なのか」というものでした。この問いに答えるために、NKモデルによる凹凸地形を用いた分析をコンピュータ・シミュレーションを通じて行いました。


上記の問いに答えるためには、企業を取り囲む経営環境を操作する必要があります。これは、企業が活動する「視界の悪い山岳地帯」の特徴を変えることを意味します。Uotiliaが行ったのは、経営環境を「複雑性」と環境変化の「乱気流性」の2つの次元で表現することです。複雑性は、企業がN個の意思決定をする際に影響を受けるKの数値が大きいことを示し、山岳自体が凹凸度が激しい、すなわちでこぼこで険しい山岳地帯である様子を示します。複雑性が小さな環境というのはその逆で、Kの値が小さいために、凹凸度が小さく、山の数も少なく険しさも小さい山岳地帯ということになります。しかし、いずれにせよ、企業が活動する山岳地帯は静止しているわけではありません。山岳地帯自体が変化し、山がぐにゃぐにゃと変化するのが、環境変化です。つまり、環境が変われば、パフォーマンスの条件も変わり、パフォーマンスを示す山の位置や山の高さも変わるということなのです。乱気流性が高い状況とは、この変化スピードが速く、山岳自体が大きく変化し続けるような環境で、乱気流性が低い状況とは、山岳自体の変化が緩やかで比較的安定している状態を示します。


Uotiliaのように環境を2次元で分類すれば、4つの異なる経営環境のプロトタイプができます。これを用いて、両利きの経営モデルと断続平衡モデルを比較したわけですが、コンピュータ・シミュレーションの結果はどうなったのでしょうか。以下のような発見が得られました。まず、複雑性も乱気流性も低いような比較的安定した環境と、複雑性も乱気流性も高い目まぐるしい環境では、両利きの経営のほうが求められ、複雑性か乱気流性の「どちらか」が高い環境では、断続平衡モデルのほうが求められるということが分かりました。なお、Uotiliaは、安定した環境における両利きの経営を「安定型両利き経営」と呼び、目まぐるしい環境における両利きの経営を「ダイナミック両利き経営」として区別しています。また、複雑性のみが高い環境での断続平衡モデルを「構造的断続平衡モデル」と呼び、乱気流性のみが高い環境での断続平衡モデルを「キャッチアップ型断続平衡モデル」と呼んで区別しています。


ではなぜ上記のような結果が得られたのでしょうか。考えられる解釈は以下の通りです。まず、安定した環境下では、企業は深掘り活動を通じて、一番高い山ではないにせよ、山岳地帯の山の頂上にたどり着くことができます。しかも、凹凸が激しく険しい山々ではないので、比較的高い山を見つけることができるでしょう。しかし、環境がまったく静止しているわけではなく、ゆっくりと変化しているので、企業としては余裕をもった形で探索活動を同時に行い新たな事業機会の探索などをしつつ、よい事業機会が見つかれば適宜そちらに進出していくような経営が可能になります。つまり、深掘りと探索を同時に進めても無理なくある程度安定した経営が実現するというわけです。断続平衡モデルのような不連続な変化は、安定した経営環境ではむしろタイミングが難しいといえましょう。しかし、環境の複雑性が高いということは、パフォーマンスの山岳違いの凹凸が激しく険しいので、探索活動にはリスクが伴います。よって、環境変化はそれほど速くないことを考慮し、普段は深掘り活動を中心にして安定した経営を図り、徐々に変化していく環境に適応するために、タイミングを見計らって大胆にリスクをとって探索活動を行って高い山を見つけに行き、それに応じて企業変革を断行するという行動パターンに落ち着くのだろうとUotiliaは解釈します。


環境の乱気流性のみが高い場合は、山岳自体は比較的緩やかで山の数も少ないのですが、それらの山々がぐにゃぐにゃと高速に変化します。よって、企業としては、深掘りによる改善活動をしていても激しい変化が起こった場合に、すぐに山の頂上から落ちそうになってしまいます。よって、通常は、なんとか現在いる山から滑り落ちないように改善活動に力を入れて環境変化にキャッチアップするのですが、だんだんと山岳地帯の形が以前とは異なってきてじっとしていることが不利に働くので、あるタイミングにおいて大胆に探索活動を行って高い山を見つけ出し、その山にジャンプする、すなわち大きな企業変革を実施するというのが最適な経営になるのだろうとUotiliaは解釈します。最後に、複雑性も乱気流性も高い目まぐるしい環境では、深掘りと探索のどちらか一方では複雑性と環境変化の両方に対応できないので、とにかく深掘りと探索を同時に行い、常にイノベーションを変革を繰り返すことでダイナミックに環境に適応していこうというスタイルが最適になるのだろうとUotiliaは解釈しました。


Uotiliaの研究結果が示すのは、時代の脚光を浴びているからといって、猫も杓子も「両利きの経営」を目指せばよいというわけではないだろうということです。たしかに、IT業界のように複雑性も乱気流性も高く、主要なプレイヤーも目まぐるしく変わるような、変化の激しい業界であれば、両利きの経営が求められることが示されたわけですが、そうでない業界もあるでしょう。その際には、両利きの経営よりも、通常は既存事業の深掘りを中心としつつ、必要なタイミングにおいて機動的に探索活動ができるような体制づくりといったような「断続平衡モデル」に基づいた経営を行う方が得策かもしれないということです。まずは、自社の置かれた経営環境を的確に認識することが大事だといえましょう。

参考文献

Uotila, J. (2018). Punctuated equilibrium or ambidexterity: Dynamics of incremental and radical organizational change over time. Industrial and Corporate Change, 27(1), 131-148.