ケネディ大統領のリーダーシップとNASAから学ぶパーパス経営

「なぜ私たちの企業は存在するのか」といった企業の存在意義を中心とした経営を行う「パーパス経営」が注目を集めています。企業のメンバー全員が一体となって企業の究極的な目的であるパーパスの実現に向けて力を結集できるならば、それが企業の長期的な成功につながることを想像することは難しくありません。しかし、いくら企業のリーダーが崇高なパーパスを従業員に対して雄弁に語ったとしても、とりわけ大企業の末端で働いているような従業員から見れば、「確かにそのパーパスには共感できるけど、私が日々行っている仕事とどうつながっているんだろうか」と思ってしまうかもしれません。つまり、崇高で抽象的な企業パーパスと目先の日常業務とがかけ離れていて関連性を見出すことができず、その結果、従業員は、パーパスを「自分ごと」としてとらえることができない状態に置かれます。その場合、パーパスがその従業員の仕事にやりがいをもたらすわけでもなく、高いモチベーションやエンゲージメントが期待できるというわけでもありませんので、企業業績を高める力を引き出すこともできないままになってしまいます。

 

つまり、パーパス経営においてとりわけ重要なのは、従業員が、企業のパーパスと自分の仕事とがどうつながっているのかを理解することなのです。現実として目の前にある自分の仕事が、企業の崇高なパーパスとどうつながっているのかが分かれば、すなわち、目の前にある仕事をしっかりとこなしていくことが企業のパーパスの実現につながることに腹落ちできれば、従業員はパーパスを自分ごとしてとらえるようになり、パーパスを実現するために頑張ろうという活力がみなぎり、その結果、企業全体で従業員の努力が結集され、企業の業績も高まっていくことが予想されるのです。では、具体的に、末端の従業員に、崇高で抽象的なパーパスと目先の具体的な仕事のつながりを理解してもらい、仕事のやりがいを感じてもらうためにはどうすればよいのでしょうか。この問題に着目したのがCarton(2018)です。Cartonは、ケネディ大統領の下でアポロ11号の月面着陸を成功させたNASAの事例を詳細に調べることで、パーパス経営を成功させるための「パーパスを通じて従業員の仕事の意義、やりがいを高めるための方法」についてのヒントを導き出すことに成功しました。

 

Cartonがケネディ大統領およびNASAのリーダーシップおよび従業員の反応を詳細に調べて発見したのは以下のような内容です。通常、NASAを含め組織には複数の目的が相互連関的に存在しており、NASAにおいても「国家に資する宇宙技術開発」「太陽系探索を通じた科学の発展」「宇宙における米国の存在感の実現」の3つの目的があったのですが、ケネディ大統領は、NASAの究極的なパーパスを「太陽系探索を通じた科学の発展」に集約しました。そうすることで、NASAの存在意義すなわちパーパスがシンプルで分かりやすいものになりました。しかし、崇高で分かりやすいパーパスであっても、このままでは、NASAの現場で働く数多くの従業員が、NASAのパーパスと目先の仕事とのつながりを見出して「自分ごと」としてとらえることにはつながりません。そこでケネディ大統領は「1970年までに人類を月に着陸させ、無事に帰還させる」という、当時からすればとんでもない目標を発したのです。「太陽系探索を通じた科学の発展」というNASAの究極的なパーパスから、「人類の月面着陸」という締め切りのある具体的な目標を導いたことで、NASAのリーダーや従業員にとって、NASAがどの方向に、何を目指しているのかが一気に明確になったのです。

 

しかし「人類の月面着陸」という目指すべき具体的な姿が明確になったところで、NASAの数多くの従業員の日常の仕事が即座にパーパスと結びついて活力が生まれるというわけではありません。なぜならば、当時の状況からすれば、それは実現できるかもわからない途方もなく遠い目標だったからです。まさにその目標は、NASAで働くすべての従業員がその共通目標の実現のためにベクトルを1つに集約し、精魂込めて働き続けることでしか実現しないような高い目標であるわけですが、繰り返し言うとおり、現場で働いている従業員が、目先の自分の仕事とその高い目的やパーパスとのつながりを見出せなければ、目標に向かって全力投球することにはならず、そのような状態がNASA全体に生じていれば、従業員のベクトルの方向はバラバラとなり、「人類の月面着陸」など実現不可能な絵空事として片付けられてしまったことでしょう。では、不可能を可能にするためにケネディ大統領やNASAのリーダーは何を行ったのでしょうか。

 

人類の月面着陸を実現するためには、NASA全体でとてつもない量の知識、技術、努力を集積させなければいけませんでした。そしてそれはとてつもなく長いステップを一歩一歩積み重ねることで実現に近づいていくものです。しかし、ケネディ大統領やNASAのリーダーが行ったのは、そのように途方もなく長いプロセスを、3つの大きなマイルストーンに区切って、人類の月面着陸に到達するためのサブ目標を設定したことです。それが「マーキュリー計画有人宇宙飛行を実現する)」「ジェミニ計画宇宙船と物体をドッキングさせる)」「アポロ計画(人類を月面に着陸させる)」でした。実際にこのような難易度の高いプロジェクトの場合、無数にある課題の地道な解決を繰り返すことによって目標の達成に近づいていくものなのですが、サブ目標や道筋を細かく分割しすぎなかったところがポイントです。このマイルストーンの設定によって、途方もなく遠い目標と思われた人類の月面着陸が、ステップを踏むことで実現可能であるという道筋をNASAの従業員間で共有することに貢献したのです。適度な数で分かりやすいマイルストーンが示されたことで、NASAの各部門では、それを実現するために何をいつまでにすべきかを考えることができるようになりました。

 

NASAにおいて「太陽系探索を通じた科学の発展」という抽象的であるが究極的なパーパス、「人類の月面着陸」というビジュアルに頭の中で思い描くことが容易だが難易度が非常に高い目標、そして、目標到達への道筋を分かりやすく示す「3つのマイルストーン」が従業員間で共有され、それに向かった活動が進められていくなかで、NASAの従業員は、しだいに自分の仕事とNASAの目標とをつなげられるようになったとCartonは分析しています。つまり、上記のものが日常においても繰り返し言及され、共有されることで、NASAの従業員は、私たちのチームはその共通目標の実現にどう貢献するのか、私自身はどう貢献するのか、を自問するようになり、「私の仕事は人類の月面着陸を実現するために貢献することだ」と思えるようになっていったというわけです。もちろん、これ自体はNASAのパーパスが従業員に浸透しているというわけではありません。あくまで、彼らの日常の仕事とNASAの具体的な目標が結びついたという段階にすぎません。締め切りのある目標というのは、それが終わってしまうと従業員が目標を失うことになり方向感を失ってしまいます。よって、NASAのパーパスの浸透のためにはさらなる工夫が必要になります。

 

そこで重要になってくるのが、「人類の月面着陸」というのは、それを実現すること自体が目的というわけではなく、すなわちそれは究極の目的を実現するための1つの通過点であるわけで、それは「太陽系探索を通じた科学の発展」という究極なパーパスが反映された目標なのであるということをNASAの従業員に理解してもらうことです。つまり、「人類の月面着陸」は、NASAの究極的なパーパスの「シンボル」なのだということです。ケネディ大統領やNASAのリーダーたちが、コミュニケーションをするときに適切に言葉を選び、シンボルとしての月面着陸という側面を強調していくことで、従業員には、「私の仕事は(月面着陸というシンボリックな目標に貢献することを通して)、NASAの究極的なパーパスである科学の発展に貢献しているのだ」と考えられるようになっていったとCartonは指摘しています。ここまでくれば、NASAの従業員の日々の仕事がNASAの究極的なパーパスと結びついたことになります。そしてそれは、NASAの従業員が、NASAのパーパスの実現に向けて精魂込めた仕事と努力を結集させることにつながったのだと解釈できるのです。

 

もちろん、Carton自身がいうように、ケネディ大統領とNASAのリーダーシップのケースは、極端な事例にすぎません。ですが、そこから私たちが、企業がパーパス経営を通じて従業員の仕事の意義、やりがいを高め、彼らの力を結集して企業を繁栄させるためのなんらかのヒントが得られることは確かだといえましょう。

参考文献

Carton, A. M. (2018). “I’m not mopping the floors, I’m putting a man on the moon”: How NASA leaders enhanced the meaningfulness of work by changing the meaning of work. Administrative Science Quarterly, 63(2), 323-369.