「謙虚なリーダーシップ」がチームの「こころの資本」を育む

以前本ブログで紹介した「心理資本(または心理的資本)」の翻訳版「こころの資本」が出版されました。日本でも心理的資本の重要性と有用性の理解が加速度的に高まることを期待します。過去のエントリーで復習しますと、心理的資本とは「以下の4つの特徴を持つ個人のポジティブな心理的状態の開発。その特徴とは、(1)挑戦的なタスクを成功させるために必要な努力を注ぐことを可能にする自信(効力感)、(2)現在そして未来の成功に対する肯定的な状況判断の視点(楽観性)、(3)成功するために、必要であれば道筋を変えてでも目標を実現させようとする辛抱強さ(希望)、(4)問題や逆境に直面しても態勢を維持し、立ち直り、さらにそれらをバネにして成功を勝ち取ろうとする粘り強さ(レジリエンス)」でした。


こころの資本もしくは心理的資本は、個人レベルの話のみではありません。特に経営場面で重要なのは、チームレベルでの「集合的こころの資本(team PsyCap)」を強化することです。チーム全体として、効力感、楽観性、希望、レジリエンスを備えたポジティブな心理状態をどれだけ獲得できるかが、チームの成功の鍵を握っているといえます。では、どのようなリーダーシップが、チームレベルの心理的資本を育むのでしょうか。これに対する答えとして今回ご紹介するのが「謙虚なリーダーシップ(humility in leadership; humble leader behaviors)」なのです。以下においては、謙虚なリーダーシップがチームレベルの心理的資本の育成を通してチームのパフォーマンスを高めることを示したRego, Owens, Yam, et al (2019)の研究に基づいて解説します。


「謙虚なリーダーシップ」とは聞きなれないしぎこちない言葉に映ると思います。これはもともと英語で提唱された概念を日本語に訳す際にしばしば生じることなので無理もありません。注意すべきは、もともとは、humilityとかhumbleという英語なのですが、日本語に訳すと若干ニュアンスが異なってしまう可能性があるということです。そこで、誤解を招かないように「謙虚なリーダーシップ」をもう少し詳しく定義してみます。まず語感として、「謙虚さ(humility)」は、「控えめ(modesty)」とは異なります。謙虚なリーダーシップは、何をするにも控えめなリーダーシップ、自分を卑下するようなリーダーシップとは異なります。「謙虚さ」とは反対の言葉を考えるのもよいでしょう。例えば「傲慢なリーダーシップ」「上から目線のリーダーシップ」「ワンマンなリーダーシップ」「自信過剰なリーダーシップ」とは反対のリーダーシップだといえましょう。


Regoらによる「謙虚さ」の定義は、以下の3つの要素を含む対人的な特質です。(1)自分自身を正しく見つめようとする、(2)他者の長所や貢献に感謝する、(3)新しいアイデアを受入れ、他者から学ぼうとする姿勢がある、の3要素です。Humilityの語源には、「土壌」というニュアンスがあります。つまり、「謙虚なリーダーシップ」とは、メンバーの上に立って圧倒的な力でチームを引っ張ろうとするのではなく、チームメンバーと対等な立場で接し、チームメンバーの長所や貢献を認め、チームメンバーからも積極的に学ぼうとする姿勢を忘れない、「ボトムアップ型」のリーダーシップだといえます。そこから、チームの持っているポテンシャルを引き出そうとするわけです。自分ひとりの力で成功させようとするのではなく、チーム全体の力をうまく引き出して成功しようとするのです。


ではなぜ、謙虚なリーダーシップがチームの集合的な「こころの資本」を高めることができるのでしょうか。これは先ほどのべた、謙虚さの言葉のニュアンスに潜む「土壌」「ボトムアップ」がヒントになります。つまり、集合的な心理的資本がボトムアップで育ってくる「土壌」をつくりあげるのが謙虚なリーダーシップだからなのです。例えていうならば、生き物が育ちやすい土壌を整え、そこに種をまき、水をやればあとはすくすくと植物が育ってくる。やがてそれは大きな幹をもった大木に成長していく。この大木は、「こころの資本」が強くなった状態。それを育てる土壌を整えたのが「謙虚なリーダーシップ」です。


もう少し具体的に、謙虚なリーダーシップが集合的心理資本に及ぼすメカニズムを説明しましょう。もし、トップダウンで強力なリーダーの下で働いていたとするならば、メンバーからすれば、そのリーダーは頼りがいがあるので「安心してついていける」「リーダーの指示に従っていれば間違いがない」という気持ちは沸いてくるでしょうが。強力な、あるいは偉大なリーダーの前では委縮してしまい、受け身になってしまって自ら学ぼうとせず、むしろメンバーの成長は停滞してしまうかもしれません。つまり、単独でトップダウンで引っ張っていこうとする強いリーダーシップは、チームメンバーが成長する土壌を作れない可能性もあるのです。


それに対し、謙虚なリーダーシップの場合、謙虚さを通してメンバーに対してエンパワーメントを行うという機能があります。なぜならば、決して傲慢に振る舞わず、メンバーの意見には常に耳を傾け、かつメンバーの長所を伸ばそうとするからです。等身大でメンバーと対等に接するリーダーは、自分ひとりでチームを成功に導くことができるなどという傲慢な考えはもっておらず、チームメンバーの成長と貢献がなければ成功は果たせないことを熟知しています。心理資本とのつながりで言えば、謙虚なリーダーは、チームメンバーの長所を大事にし、チームメンバーが持つ強みを通じた貢献に対して真摯に感謝します。チームメンバーはリーダーから感謝されることで自信と自己効力感を高めます。それがチーム全体としての効力感につながります。また、謙虚なリーダーは、自分を正しく見つめようとするため、自分が間違っている場合はすぐに認め、改め、新しいアイデアを受入れて前進しようとします。これは、困難があっても謙虚な姿勢を保てば克服していけるという信念をメンバーに植え付けるため、チーム全体としての楽観性、希望、レジリエンスを高めると考えられます。


そして、謙虚なリーダーは、自分自身がチームメンバーから様々なアイデアをもらって学んでいこうとする姿勢を崩さないので、メンバーはリーダーに対してどんどんとインプットしようとするようになります。それを通じて、自分たちが成長しているという実感も得られますし、リーダーが謙虚に学んでいる姿勢を、見習うべき行動として受け継ぐので、チーム全体に他者から学ぼうという雰囲気が生まれ、それが心理的資本をますます強化する方向に働くようになるわけです。学ぶ姿勢、成功体験、それを通して楽観性や希望の醸成が、チーム全体としての「こころの資本」を育むのです。そして、これまでの先行研究が示す通り、チームレベルの心理的資本はチームパフォーマンスを高めるのです。Regoらは、このような謙虚なリーダーシップのメカニズムを、中国、シンガポールポルトガルの3国のサンプルを用いて、実験的研究、フィールド調査、フィールドでの縦断的調査を行い、謙虚なリーダーシップがチームレベルの心理的資本を育てることでチームパフォーマンスを高めるというメカニズムは国や文化を超えて成立するものであることを実証しました。

参考文献

フレッド・ルーサンス, キャロライン・ユセフ=モーガン, ブルース・アボリオ 2020「こころの資本」中央経済社
Rego, A., Owens, B., Yam, K. C., Bluhm, D., Cunha, M. P. E., Silard, A., ... & Liu, W. (2019). Leader humility and team performance: Exploring the mediating mechanisms of team PsyCap and task allocation effectiveness. Journal of Management, 45(3), 1009-1033.