セレンディピティの発生メカニズムを理解しよう

ビジネスや経営に関わらず、私たちの成功や失敗に何らかの形で運が関わっていることは否定できません。しかし、運に対して単に受動的であるのではなく、運を積極的に味方につけるスキルや心構えを持っていれば、成功する確率を高め、幸運を味方にすることができると思われます。このような幸運と努力の相互作用として発生する現象の1つが「セレンディピティ」です。ブッシュ(2022)は、セレンディピティを「予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果」と定義し、セレンディピティのメカニズムを理解すると、セレンディピティを獲得する人、逃してしまう人の違いが分かることを示唆します。そしてその違いの多くが、私たち1人ひとりが身につけることのできる実践的能力でもある「セレンディピティマインドセット」という心構えに起因していると指摘します。そこで今回は、ブッシュが多くの学術研究や事例から導いた、セレンディピティの発生メカニズムとそれに基づいたセレンディピティマインドセットについて解説します。

 

ブッシュは、セレンディピティは混沌や運と異なり、「独自の形式や構造」があるといいます。そして、セレンディピティの本質は、「点と点を見つけ、つないでいくプロセス」にあるともいいます。もう少し詳しく説明しましょう。まず、セレンディピティには大きく3つの型があります。1つ目は「アルキメデス型」で、既知の問題や困りごとの解決策が予想外のところで生まれるといったセレンディピティです。何を解決したいのか、何に困っているのかをはっきりさせておいた上で、予想外の出来事によって考えていたものとは全く別の解決策を思いつくといった種類のものです。2つ目は「ポスト・イット型」で、問題を解こうとしていて、全く違う、あるいは存在すら認識していなかった問題への解決策を偶然見つけるといったセレンディピティです。3つ目は「サンダーボルト型」で、問題の解決を探してもいない、意識的努力が全く行われていない状況で、稲妻のように突然のタイミングで新たな機会が生まれたり誰も認識していなかった、あるいは解決しようとしていなかった問題への解決策が生まれたりするようなセレンディピティです。

 

もちろん、セレンディピティがきれいに上記の3つの型に分類されるという訳ではなく、複数の型を兼ね揃えていたりどの型なのかクリアでない場合もあるが、この3つのセレンディピティに共通しているはっきりとした特徴があるととブッシュはいいます。1つ目が「ある人に何か予想外、あるいは普通ではないことが起こる」というもので、これを「セレンディピティ・トリガー(引き金)」とブッシュは呼びます。2つ目が、その人がトリガーをそれまで関わりがなかったことと結びつける「点と点を結びつけ、偶然のような出来事や出会いに価値があるかもしれないと気づく」プロセスで、ブッシュはこれを「バイソシエーション」と呼びます。3つ目が、実現した価値(洞察、イノベーション、新手法、問題への新しい解決策)は、もともと期待されていたものでも、誰かが探していたものでもなく「完全に予期せぬもの」だということです。つまり、セレンディピティは、「セレンディピティ・トリガー」が生み出され、それが発見され、「点と点を結びつけるプロセス」を通してその価値に気づき、その結果「予期していなかった価値創造」が実現するというプロセスから成っているのです。

 

上記のセレンディピティの発生プロセスを理解すると、今度は、セレンディピティをつかめるか、逃してしまうかのターニングポイントやセレンディピティを積極的に生み出すための心構えや能力、行動も明らかになってきます。まず、セレンディピティ・トリガーを多く生み出すことができるかが重要です。予想外の出来事や出会いが多く起こるような状況を作り出すような行動をする、すなわち「トリガーの種をまき、予想外を誘発する」行動をしているかどうかです。次に、トリガーが発生したときに、それに気づけるかどうかです。予想外の出来事に遭遇した時に、その出来事を理解し、それが何と結びつくのかを発見し、それを活用できるかどうかです。さまざまなことに好奇心を持ち、アンテナを張っておくことで、他の人だと気づかない「点と点を連結する」チャンスが高まります。そして、トリガーを発見し、点と点が結びつき、価値が見出されたときに、それを最後までやり遂げようとする粘り強さがあるかどうかです。上記の全てが満たされるとセレンディピティが起こりやすくなり、どれかが欠けているとセレンディピティを逃してしまうということなのです。

 

予想外の出会いや情報を生み出し、その価値を認識し、活用する能力でもあり、セレンディピティを生み出す頻度を高める「セレンディピティマインドセット」は、上記で見てきたセレンディピティ発生のメカニズムとプロセスを理解した上で、セレンディピティが生まれる「セレンディピティ・フィールド」を育んでいくことを意識することだと言えます。それは簡単に言えば、偶然を生み出すような種をたくさんまき、予想外の偶然を楽しみつつその価値に気づき、それがチャンスだと感じた時に粘り強くそれを追求するという心構えなのです。そのために、洞察力(雑多なものを選別し、価値あるものを見つけ出す能力)や、粘り強さ(最後までやり遂げる力)も身につけることが重要です。これらはすべてセレンディピティーの促進要因です。また、組織、人脈、物理的空間を見直すことで、セレンディピティが生まれやすい状況を作り上げることもできます。従って、セレンディピティマインドセットと適切な状況を組み合わせることで、セレンディピティが育つ「セレンディピティ・フィールド」が豊かになるのだとブッシュは言うのです。

参考文献

クリスチャン・ブッシュ 2022「セレンディピティ 点をつなぐ力」東洋経済新報社