パーパス経営は戦略が伴わなければ無意味である

近年は、「パーパス経営」がバズワードとなり脚光を浴びています。バズワードになる前も、企業経営におけるミッションや経営理念、経営哲学の重要性は再三指摘されてきました。よって、パーパス経営という言葉を「ミッション経営」とかに置き換えたりしても、本筋はズレていないといえましょう。バズワードになろうとなかろうと、あるいはブームが去ったとしても企業のパーパスやミッションが経営の本質をついたコンセプトであることに間違いありません。一方、「戦略」はどうでしょうか。「人的資本経営」はバズワードとなりましたが、「戦略経営」は今後もバズワードになりそうもありません。戦略というコンセプトがバズったのは、何十年も前にマッキンゼーやBCGといった戦略コンサルティングファームが表舞台に登場してきたころでしょう。ただ、戦略経営がバズらないからといって、人的資本経営は重要だが戦略経営は重要でないというわけではありません。むしろ、経営を成功させるためには戦略のほうが重要かもしれないのです。

 

上記の議論のように、企業経営における戦略至上主義ともいえるような立場をとる急先鋒として名高い世界的な研究者がリチャード・ルメルトです。ルメルト(2023)によれば、戦略にとって、パーパスもミッションも無意味です。いろんな「ステートメント」作成してパーパスやミッションを強調したとて、それらは直接的には戦略の策定の役には立たないというのです。どうしても何かぶらさげたいのならば格言や金言の類であるモットー程度にとどめ、感情に訴え、気分を高揚させるものにとどめておけばよいと彼はいいます。もちろん、従業員の感情や気分が高揚し、一丸となって企業に貢献しようとする「従業員エンゲージメント」や「組織コミットメント」を高めることは大事ですが、ルメルトに言わせれば、そこに「良い戦略」が伴っていなければ全くの無意味だというわけです。では、ルメルトがそこまで重要だと断言する「戦略」とはいったい何なのでしょうか。

 

ルメルトによれば、戦略とは、「困難な課題を解決するために設計された方針や行動の組み合わせ」であり、戦略の策定とは、「克服可能な最重要ポイントを見極め、それを解決する方法を見つける、または考案する」ことです。最重要ポイントに全力で集中することで、直面する課題を乗り越える方法を見つけ出すわけです。最重要ポイントとは、困難で複雑な課題を構成する要素のうち、最も重要かつ解決可能な要素を指します。そして、混沌とした状況を整理して最重要ポイントを見定め、ここをアタックすれば成功すると呼びかける役割を果たすのが戦略的リーダーであるとルメルトは喝破します。たしかに高邁なパーパスやビジョンを掲げて全社員を引っ張る「ビジョナリーリーダーシップ」の重要性を指摘する声もあります。しかし、全力で立ち向かえば行けそうだと思わせてくれるからこそ他の人はこのリーダーに従うとルメルトはいうのです。手も付けられそうもなかった問題がなんとかなりそうだと感じられることが重要だというわけです。

 

ルメルトは、戦略課題は決定的に重要であると同時に現実的に取り組み可能でなければならないと言います。では、このような戦略策定の要諦はどこにあるのでしょうか。まず、戦略とは「勝てるゲームをプレイすることだ」という格言があることをルメルトは指摘します。つまり、「勝てる」ところにフォーカスするのが戦略の要諦です。他といちばん差をつけられそうなところはどこかを考えるのです。そして、それを実現するうえで「難しいと感じたところ」を「とことん考える」ことが重要だとルメルトはいいます。課題を注意深く診断し、その構造を徹底的に分析し、最重要ポイントをとことん考えるわけです。そして、粘り抜く、類推する、視点を変える、暗黙の前提を言語化する、つねに「なぜ」と問う、無意識の制約に気づく、といった方法を用いて考え抜くのです。

 

ルメルトによれば、企業経営における戦略的有効性とは、自社にだけ生み出すことのできるユニークなバリューを創出し、かつ、その生み出した価値を競争相手による浸食や模倣から守ることに尽きます。戦略的拡張とは、ユニークバリューをより多くの買い手または他の類似製品またはその両方に拡張することが重要です。そして、企業における活動つまり事業は、消費したリソース以上のものを生まないのであれば不要であるとルメルトは断言します。会社が成長するためには、そうした不要な事業を刈り込み、成長が期待できる事業にフォーカスすることが必要だというわけです。また、競争の激しい状況では、反応時間が極めて重要な意味を持つといいます。新しいチャンスが見えてきたとき、逆に懸念すべき兆候が現れたとき、真っ先に反応した企業が勝つことが多い、最初に兆候をとらえて反応した企業が優位に立つ、勝敗を分けるのは機敏さであるというわけです。

 

これまで述べてきたように、戦略は経営の成功にはなくてはならないものです。ですから、パーパス経営と戦略経営を混同しないことが重要です。これらは車の両輪のようなもので、パーパスで社員を奮い立てて一体化しつつ、優れた戦略を策定して最も難しい課題の突破口を見出し、それをテコに果敢に前進することが大切だといえるのです。

文献

リチャード・P・ルメルト 2023「戦略の要諦」日本経済新聞社