中国IT企業の組織マネジメント

かつて日本企業は、メイド・イン・ジャパンの高品質な工業製品で世界市場を席巻し、高度成長を実現しました。高度成長を実現させ、世界経済におけるジャパン・アズ・ナンバーワンの地位を確立することができた背景には、戦後に確立した日本の雇用慣行や組織マネジメントのあり方が、ものづくりを中心とする産業特性とベストフィットの関係にあったことを無視することはできないでしょう。

 

そして、いま世界経済で起こっていることは、世界におけるデジタル技術開発とその社会実装を中国が先導しているということです。中国市場でデジタル・イノベーションが先行し、BATJ(百度、アリババ、テンセント、京東)と呼ばれる巨大プラットフォーマー企業や、それに続く新御三家としてのTMD(バイトダンス、美団点評、滴滴出行)を始めとする中国初のデジタル企業(IT企業)が驚異的なスピードで成長しています。中国は国家レベルでデジタル革命を推進し、世界のAI大国になることを目標に掲げています。

このような中国のデジタル革命を支える中国IT企業の組織マネジメントとはどのような特徴を持っているのでしょうか。これについて岡野(2020)は、日本の組織マネジメントがリアルな世界でのものづくりに最適であったように、中国のIT・デジタル企業の経営者の思考や行動特性や組織マネジメントが、デジタル技術を活用した事業化にマッチしてしていることを指摘しています。では、デジタル産業での成功に寄与する中国企業の組織マネジメントとはどのような特徴を持っているのでしょうか。

 

岡野が指摘するのは以下の5点です。1点目は、中国の企業人は、日本の企業人のように「サービス・商品を地道に創る」という思考ではなく、「規制の製品・サービスを組み合わせて、短期・効率的に儲けたい」といったトレーダー思考だという点です。また、「まずはやってみる、走りながら考える」というトライアル・アンド・エラーによるスピード重視の考え方を持っています。この思考は、中国のIT企業が、「社会の困りごと」を見つけ、そこからプラットフォームを作り出すチャンスを伺い、小さな一歩から始めて試行錯誤で事業化できるかどうかを模索し、スピード勝負で事業化して市場を押さえるという一連の行為を可能にしてきたといいます。

 

2点目に、中国のIT企業は、カリスマ的な創業者などによる「トップの独裁」と階層構造が弱い「フラットな組織構造」という特徴を持っており、それが、トップダウンでの先行投資による一気呵成な事業立ち上げや、1つのデータを全社皆で見るといったデータ活用にマッチしてきたという点が挙げられます。一般的に、顧客満足度を志向するような営業思考と、デジタル技術開発やデータ活用といった技術志向を1つの組織に共存させることは難しいことなのですが、独裁的な経営者がトップダウンで異なる文化を自社内で両立させ、経営スピードを高めるといったことが可能になったというわけです。

 

3点目は、トップ経営者が自民族の誇りや愛国心に基づき、社会の課題や国家の発展における自社の存在意義を強く打ち出すという「大義名分・ビジョン」を掲げることで、顧客(消費者)、社員、政府からの「共感と期待」を獲得し、先行投資が続くことで先行きが見えないなかでも、社員の求心力や消費者からのサポートを得ることができてきたということが挙げられます。これは、中国では、国民の自立心と向上心を刺激し一体化を醸成するような学校教育や政策方針を持っており、国民と政府が一体になって世界の頂点を目指して国を押し上げようとするエネルギーがうまく活用されていると考えられます。

 

4点目は、ルールによる秩序よりも、実験を繰り返しながら前に進もうとする組織文化を中国IT企業が持っていることです。中国企業の社内ルールは曖昧さを含んでおり、トップに裁量の余地を残しているケースが多いといいます。そのため、投資判断が柔軟・スピーディに行われ、社内で競合関係を作るなど、あえてカオスを持ち込むマネジメントなどが行われているケースもあるといいます。例えば、テンセントの「灰度哲学」は、組織マネジメントやリーダーシップにおける「寛容」「多様なものが混じりあって1つになること」の大切さを説いており、さまざまな役割を拙速に型にはめようとせず、それが成長し変化するのを容認する姿勢を貫いているといいます。

 

5点目は、「中国を実験場として最先端のものを作り、それを世界で売る」という精神によって、優秀な人材に成長の場を提供することで新技術やモデルに積極的にチャレンジする土壌を作っていることです。これは、中国では個人や企業などのデータ活用が比較的容易であること、新興企業はレガシー・システムが存在しないためゼロベースでシステムの構築が可能であること、そして企業のイノベーションに対して中国政府は放任の政策をとっていることなどから、例えば「世界最先端の金融システムを開発したい」といった一流の技術者のマインドに対して、実験の場を提供できていることが挙げられます。

 

異常のように、岡野は、中国IT企業のトライアル・アンド・エラー、スピード重視、成長志向といった特徴が、デジタル技術を活用した事業化にマッチしていること、そして、トップ権限が強く階層構造が弱いという組織の特徴がデータ活用で優位性を生み出していることを指摘しており、日本企業が重視してきた組織マネジメントとは異なることを理解すべきだといいます。そして、デジタル産業では、「実験を繰り返しながら、ビジネスモデルを作る」スタイルがより強く求められていること、「自社を実験台として、多くの企業をオープンに集めて、エコシステムを創っていくこと」ができる企業が成功確率を高めると指摘しています。

参考文献

岡野寿彦 2020「中国デジタル・イノベーション ネット飽和時代の競争地図」日本経済新聞社

多国籍企業の言語戦略:ルオ=シェンカーモデルとは

多国籍企業は、様々な地域で事業を行っています。したがって、多国籍企業が使用する言語も多岐に渡ります。つまり、多国籍企業は、多言語企業であるということができます。言語は、企業内のコミュニケーション、コーディネーション、そして知識移転や共有に必要不可欠であるため、多国籍企業の競争力を左右する重要な要因だといえます。しかし、従来の国際経営論や戦略論、組織論では、それほどまでに重要な「言語」の問題を大きく取り上げてきませんでした。とりわけ、多国籍企業の戦略的視点から、言語戦略や言語政策にアプローチする研究があまりなかったのです。

 

このような国際経営論の問題に対して、多国籍企業論の言語戦略の理論的枠組みを提供しようとしたパイオニア的な理論論文が、Luo & Shenkar (2006)でした。LuoとShenkarは、多国籍企業内における使用言語のグランドデザイン、すなわち言語戦略が、企業競争力を大きく左右するという前提に立った理論枠組みを構築したのです。多国籍企業がどのような言語を選択しどのように使用するのかに関する言語戦略は、多国籍企業の国際戦略や国際組織構造とも深く関連し、その良しあしが、多国籍企業全体としての統一感や知識移転・知識共有、ひいては競争優位性につながるわけですが、それは経済的かつ戦略的なプロセスであると当時に、創発的・進化的なプロセスであり、限定合理性の影響も受けるとLuoとShenkar論じます。

 

LuoとShenkarによれば、多国籍企業の言語戦略の根幹となる言語選択については、多国籍企業全体の運営に影響する本国機能言語(Parent functional language)と、海外子会社内などの運営に影響するサブユニット機能言語(Subunit functional language)の選択に分かれます。これらの機能言語は、本国言語、現地言語、第三言語(英語など)から選択されますが、単一言語の場合と複数言語の共存の場合があり、多国籍企業内でどれくらい幅広く用いられるか、またどれくら頻繁に用いられるかという次元でも捉えられます。

 

本国機能言語とサブユニット機能言語はそれぞれ、選択の決定要因が若干異なります。 本国機能言語は、多国籍企業全体に言語デザインにかかわりますので、多国籍企業の国際戦略、組織構造、そして業務上の特徴(グローバル統合と地域適合)が主な決定要因となります。例えば、多国籍企業がグローバル統合をメインとするグローバル国際戦略・組織を志向しているのであれば、本国機能言語は幅広さと強度の大きい単一言語となるでしょうし、多国籍企業が現地適合をメインとするマルチドメスティック国際戦略・組織を志向しているのであれば、幅広さと強度はやや小さい複数の言語の共存になるでしょう。

 

サブユニット機能言語の場合、サブユニットの形態(100%子会社、ジョイントベンチャー、支店)、戦略的役割、海外駐在員の役割などが主な決定要因となります。例えば、100%子会社であったり、本国や多国籍企業の他のサブユニットとの連携、知識移転、知識共有が重要であったり、本国籍人材の駐在員によるマネジメントが求められるような場合は、本国機能言語がサブユニット機能言語としても用いられる可能性が高くなるでしょう。一方、サブユニットが現地サプライヤーや現地市場と深くかかわっているような場合は、現地の言語がサブユニット機能言語となる可能性が高いといえます。

 

上記のような決定要因によって、多国籍企業内で用いられる言語とりわけ本国機能言語とサブユニット機能言語が選択され、それらが組み合わさって多国籍企業内の言語システムを構成するということをLuoとShenkarは理論フレームワークとして示したわけです。ただし、LuoとShenkarは多国籍企業の言語戦略を理論化した最初の論文であるため、まだ抽象度が高く、粗削りな面もあります。例えば、世界中に分布している言語には、近い言語と遠い言語があり、それらがどのように多国籍企業の言語選択に影響しているのかについては論じられていませんし、多国籍企業が機能言語を選択したあと、それをどのように運用するのかについても論じられていません。これらは将来研究で明らかにしていくことだとLuoとShenkarは締めくくっており、そのような方向性で、多国籍企業の言語研究が発展の途についたのだといえましょう。 

 

**参考文献

Luo, Y., & Shenkar, O. (2006). The multinational corporation as a multilingual community: Language and organization in a global context. Journal of International Business Studies37(3), 321-339.

 

多文化チームの創造性を促進する多文化インサイダーと多文化アウトサイダー

多国籍チームや多文化チームと聞くと、様々な国籍の人々が集まったチームであると単純に考えてしまわないでしょうか。しかし、忘れてはいけないのが、多文化人材です。例えば、確かに、多文化チームと言えば、日本人、アメリカ人、ドイツ人、中国人、アルゼンチン人といったように、単一国、単一文化出身の人が集まっているでしょうが、同時に、中国系アメリカ人とか、フランス人とマレーシア人のハーフとか、日本人でも帰国子女とか、中には複数の文化的背景を合わせもつ人もいることでしょう。Jang (2017)は、多文化チームのパフォーマンス、とりわけ新しい知識を生み出すという創造性の発揮に重要な役割を果たすのが、こういった多文化人材であることを主張します。しかし、話はそう単純ではありません。


Jangは、多文化チームにおける多文化人材の役割を「文化的仲介機能」と捉えており、異なる文化的背景に基づく異なる視点や情報がチーム内で交差し結びつくことを多文化人材が促進することでチーム全体の創造性を発揮させるという視点に着目します。つまり、創造性というのは、異なる知識や情報が組み合わさって生じるものなので、異なる文化の人々がもっている視点や情報をうまくつなぎ合わせることに貢献できる人がいれば創造性を高めることができるというわけです。しかしJingは、多文化人材には2種類の異なる人材がおり、1つ目は多文化インサイダー、2つ目は多文化アウトサイダーだといいます。そして、この2つの種類の多文化人材は、異なる方法で文化的仲介機能を果たすことで創造性発揮に貢献するというのです。


多文化インサイダーと多文化アウトサイダーは現実には簡単に2分されるわけではないのですが、分かりやすい例を出すと、中国人やアメリカ人がいる多文化チームの中に、中国系アメリカ人がいると、その人は多文化インサイダーです。これは、中国系アメリカ人という多文化人材は、グループ内の中国人ともアメリカ人とも文化的背景を共有しているからです。それに対して、同じように中国人やアメリカ人がいる多文化チームの中に、ドイツ人とインド人のハーフの人がいるならば、その人は多文化アウトサイダーです。ドイツ人とインド人のハーフは、中国人やアメリカ人とどちらとも文化的背景を共有していないからです。まず、単純にインサイダーとアウトサイダーとの区分で考えるならば、インサイダーのほうがチームメンバーから受け入れられやすく、溶け込めやすいと言えるので、より多文化チームの創造性に貢献することができると考えられます。しかし、Jangは、もし、多文化人材が公式なリーダーであったりファシリテーターであるなど文化的仲介機能としての明確な役割が与えられている場合には、インサイダーやアウトサイダーの違いは重要でなくなると論じます。


もっと重要なことは、多文化インサイダーと多文化アウトサイダーの文化的仲介機能の中身が違うことです。多文化インサイダーは、統合(integrating)という多文化仲介機能を用います。それに対して、多文化アウトサイダーは、導出(eliciting)という多文化仲介機能を用います。多文化インサイダーが多用する統合は、多文化人材が、自分の頭の中で異なる文化的視点を結びつけるような機能です。多文化インサイダーの場合、それぞれのチームメンバーがもつ異なる文化に精通しているので、異なる文化的背景の人たちの意見や考え方をどちらも理解することができます。例えば、中国人はアメリカ人の思考や発想がよくわからない。アメリカ人は中国人の思考や発想がよくわらない。しかし、中国系アメリカ人は両方ともわかるので、お互いの視点を咀嚼したうえで組み合わせて考えることができる。お互いの文化からくる視点を組み合わせて新しいアイデアを生成し、それをチームメンバーに投げかければ、異なる文化を仲介して新しい知識を生み出すことに貢献できるのです。


一方、多文化アウトサイダーが多用する導出は、多文化人材が、異なる文化的背景を持つ人々に対していろいろと質問をしたり確認を求め、それぞれの思考や言いたいことをクリアにしていくことで、お互いの理解を促進し、知識の交差と結合に貢献する仲介方法です。つまり、多文化人材の頭の中で複数の知識や情報を結びつけるのではなく、多文化人材の外で、異なる文化的背景を持つ人同士が複数の知識や情報を結びつけるのを助けるわけです。その理由は、多文化アウトサイダーはチームメンバーの文化のどれとも共有できていないので、他のメンバーの思考や発想がよくわかりません。しかし、多文化人材ですから、異なる文化に対応する能力、異なる文化の人々とつきあるスキルを持っています。よって、そういった多文化スキルを発揮して、「第三者」としてお互いの言いたいこと、思考様式、発想の内容などを聞き出して、クリアにし、お互いが対話することが可能になるまでに知識や情報を昇華させることで創造性に貢献するわけです。


Jangは、上記のような理論および仮説を、2つの実証研究(アーカイブおよび実験)によって検証しました。アーカイブ研究では、数年間にわたって開催が続いた40か国の学部生や大学院生が参加したコラボレーションプロジェクトによる多文化チームのアーカイブデータを用いて、多文化人材の有無と、多文化インサイダー、多文化アウトサイダーの区別を行い、それぞれのチームの創造性に関する評価得点がそれらの変数からの影響を受けているかの統計分析を行いました。実験研究では、実験的環境の中で多文化インサイダーもしくは多文化アウトサイダーがいる多文化チームを人為的に作り出してタスクを実行してもらい、多文化人材の行動や創造性を評価するという方法をとりました。2つの実証研究により、Jangの提唱する理論や仮説はおおむね支持されました。Jangの研究は、多文化チームにおける多文化人材の異なる文化的仲介機能に焦点をあてて創造性を高めるメカニズムを明らかにした点で学術的貢献度や実践的含意が高いものといえるでしょう。

参考文献

Jang, S. (2017). Cultural brokerage and creative performance in multicultural teams. Organization Science, 28(6), 993-1009.

なぜ成果主義賃金を好む国と嫌う国があるのか:鍵となる「公正世界信念」

以前、わが国の人事の世界では「成果主義ブーム」が起こりました。年功的な賃金運用への批判から、高い成果をあげた社員には高い給料で報いるという方針を基本とする成果主義賃金の導入を進めようとする動きが全国的に広がったのです。しかし、このような「成果主義信奉」はやがて「成果主義批判」につながり、「ポスト成果主義」なる言葉まで生み出しました。わが国で成果主義賃金導入が成功しなかった理由はいろいろあるでしょうが、もし国民が基本的に成果主義の発想に賛成であるならば、そのような困難を克服してでも、社会全体として成果主義賃金の導入を目指そうとするでしょう。しかしどうやら、わが国では、成果主義賃金はあまり受容されないようです。


さて、ここでは、成果主義賃金を、個人の成果に応じて変動する賃金と定義しておきましょう。世界に目をうつすならば、アメリカでは基本的にこのような成果主義賃金が受容されるのに対して、大陸ヨーロッパでは成果主義賃金はあまり受容されません。このように国によって成果主義賃金の受容度に違いがあるのはなぜでしょうか。この問いに関して、Frank, Wertenbroch & Maddux (2015)は、人々が成果主義賃金を好むか嫌うかを左右する大きな要因が、人々が抱いている「公正世界信念(just-world beliefs)」の度合いだと主張します。


公正世界信念(just-world beliefs)とは、一言でいえば、人々が「この世界は公正にできている。みな平等の機会が与えられており、努力すればそれが報われる世界である」と思っている度合いを指します。公正世界信念が強い人は、「努力した結果として高い成果を出したならば、それに対して正当な報酬を得るのは当然である」という考え方をします。逆に、公正世界信念が弱い人は、「世の中は不公正・不平等である。人々は平等に機会が与えられるわけではないし、努力しても成果に結びつくとは限らない。だから、良い社会とは、社会全体で生み出した富を政府などの主導で人々の再分配するような社会である」と考えます。


Frankらによれば、大陸ヨーロッパは封建社会、貴族社会、君主制などによって、人々の身分や社会階層が固定されてきた時代を経て形成された歴史を持つため、伝統的には、公正世界信念は低い人々が多いと考えられます。いっぽう、アメリカ合衆国のような国は、自由や機会の平等を理想として新たに建国された国であり、封建制や貴族制などの歴史的背景が薄いために、公正世界信念が強い人々が多いと考えられます。それが大陸ヨーロッパとアメリカとの社会経済制度の違いにも表れています。ヨーロッパでは、所得格差は個人の努力や得られる機会とは関係ないところで生じがちであると考えるため、社会民主主義福祉国家が志向され、富の再配分による平等化が推進されます。一方、アメリカでは自由主義・市場主義が重視され、所得格差は人々の努力の度合いが反映されているのだからあるていど公正な結果であると考える傾向があるといえるでしょう。


企業の成果主義賃金というレベルに落としても、同様のことがいえるとFrankらは指摘します。成果主義賃金は、個人の努力によって生じた高い成果に対して高い賃金で報いるということですから、アメリカのような公正社会信念の高い人々で成り立っている国では好まれると思います。一方、企業レベル、チームレベルの業績に応じて全員に平等に支払われるような賃金は、報酬の再分配機能によって高い成果をあげた社員が、成果をあげられない社員を金銭的にサポートしていることになぞらえられますので、公正社会信念の低い人が多い大陸ヨーロッパで好まれると思われます。


Frankらは、上記のロジックから導き出された仮説を、3つの実験によって検証しました。その結果、大陸ヨーロッパ、アメリカ合衆国といった国の違いによって、人々の公正世界信念の度合いに違いがあること、そして、公正世界信念の違いが、成果主義賃金を好むか嫌うかの度合いに影響を与えていることが支持される結果を得たのです。

文献

Frank, D. H., Wertenbroch, K., & Maddux, W. W. (2015). Performance pay or redistribution? Cultural differences in just-world beliefs and preferences for wage inequality. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 130, 160-170.

英語力強化は、会社としてグローバル化を強力に推進する覚悟を示す「メッセージ」である

日本企業のグローバル化の進展とともに、近年では「グローバル人材」「英語公用語化」などの流行語も飛び交うようになりました。要するに、海外のオペレーションや、国内外のビジネスのコーディネーションなどができる人材が日本企業には不足しているため、そのような人材を育てなければならないという視点が大きくなっているようです。


今回は、日本企業の経営のグローバル化に関連する「英語力」の意味合いについて考えてみたいと思います。数年前、いくつかの有名企業が「英語公用語化」を宣言し、賛成、反対を含む大きな議論を巻き起こしました。企業で用いる公用語を英語にするなど行きすぎであるといった議論や、真のグローバル化を図るにはそうするのが望ましいといった意見があり、中には、日本の文化を衰退させるといったレベルから感情的に反論することもあるようです。


企業が、英語の公用語化を宣言したり、英語力の強化を叫んだすることについて、英語力を全社員に要求することが業務上本当に必要なのかといった機能的な議論が絡んでくるのは当然でしょう。実際、国内でも多くの顧客を抱えているような企業の場合、日常業務で英語が必須である社員はそれほど多くはないはずです。また、英語ができても仕事ができないようでは本末転倒であるという議論も適切な指摘でしょう。しかし、ここでは、このような機能的な議論とは別の視点を提示したいと思います。それは、経営のトップが、社内の英語力に触れたり、英語力を強化する意思決定をすることは、企業トップや経営として、一気呵成にグローバル化を強力に推進していくのだという「覚悟」を示すメッセージとしての役割も果たしうるという点です。


なぜ、英語力への言及をそのように理解するのがよいのでしょうか。まず、少なくとも日本では「英語」は、国際性やグローバル化を示す象徴(シンボル)だといえましょう。英語圏はもちろん、スカンジナビア諸国をはじめ、英語に近い言語を用いているような国々では必ずしもそうではないでしょう。したがって、経営側として社員の英語力に触れることは、会社経営がグローバル化を強く志向しているのだという明確なメッセージになると思われるのです。これは、会社としてグローバル化を推し進めるうえでの「本気度」を示しているとも解釈できます。口先だけでグローバル化といっているわけではなく、あるいは様子をみながらなんとなく進めようという中途半端なものでもなく、まさに社運を賭けてでも、急速かつ一気呵成にグローバル化に経営の舵を切るのだという切実な思いを宣言しているのと同じです。


経営側からの英語力の言及を通じて、社員がそのようなメッセージを感じ取れば、英語が直接業務に関連していなくても、会社が目指している方向性が明確にわかります。そのうえで、その方向性(会社がグローバル化に大きく舵をきること)に賛成するかどうかは自分で判断すればよいでしょう。少なくとも、グローバル化を強く志向する会社で働いているのだという自覚は強まることでしょう。実際、英語公用語化のような大胆な施策を実施するならば、社内でも混乱が起こることは避けられないでしょう。その試みは結果的には失敗に終わるのかもしれません。しかし、そのような代償を払ってでも、社員の意識や会社の方向性をグローバル化にしっかりと向けさせ、経営のグローバル化への士気を高め、社員が一丸となってグローバル化を軌道に乗せることのメリットが優ると考えているのかもしれません。


ここで押さえておきたいポイントは、企業のトップが、自社の戦略を従業員を含む社内外に示す時は、その戦略や理念を象徴する具体的なもの(ここでいうところの英語)を強調することが効果的でありうるという点です。もっとも、英語公用語化を強力に進めているような企業は、単なるメッセージ性を超え、さらにその先を行っているようにも思えます。例えば、国でいうとシンガポールのように、日本語を話せなくても共通語である英語さえできれば活躍できるような会社にすることによって、世界中から優秀な人材を集めてこようとしているように思える。それから、英語公用語化は極端な例だとしても、英語力強化を宣言したならば、それを具体的な施策に落として実行することが、グローバル化の本気度をさらに社員に示すことになるのでしょう。

マルチカルチュラル人材の思考パターンと多国籍企業での活躍のあり方

ビジネス環境のグローバル化が進むにつれ、とりわけ複数の国にまたがって事業活動を行う多国籍企業では、複数の文化に精通したマルチカルチュラル人材(多文化人材)が重要な役割を担うと思われます。しかし、一口に多文化人材といっても、その人が経験した環境や現在おかれている立場などによって、思考パターンや能力、活躍が期待される場がかなり異なっているということを、Lücke, Kostova, Roth (2014)は指摘します。


Lückeらは、認知的な視点から、多文化人材の特徴を、(1)「区分型(Compartmentalization)」(2)「統合型(Integration)」(3)「包摂型(Inclusion)」(4)「収斂型(Convergence)」(5)「一般化型(Generalization)」に分け、それぞれのタイプが、本人の異なる経験や環境から形成されたものであり、それぞれ思考パターンが異なり、ゆえに得意とする分野が異なるといいます。とりわけLückeらは、異なるタイプの多文化人材マネジャーが、異なる形で多国籍企業のマネジメントに貢献できる可能性を論じています。


(1)「区分型」の多文化人材は、異なる文化を区分して、状況に応じて使い分けることができる思考パターンを持っている人材です。このタイプの人は異なった文化で生活する経験を有していますが、それぞれの文化を結合させる機会があまりなかったといえます。区分型の多文化人材は、異なる文化モードを使い分けることができるので、どちらの文化の人々にも深く入り込むことができます。ただし、このタイプのマネジャーは、片方の文化に深く埋め込まれた内容を、他の文化のものに瞬時に翻訳したりすることは苦手なため、文化に埋め込まれ例内標準的な知識(形式知)やスキルを異文化間で伝達することに長けており、そういった役割でマネジメント能力を発揮できる人材だとLückeらは言います。


(2)「統合型」の多文化人材は、異なる文化の思考モードを当時並行的に操ることができる人材です。区分型のように、異なる文化を切り替えるのではなく、ミックスして思考します。このタイプの人は、複数の異なる文化に同時に接するような経験をし、そこからこのような思考形態を見につけてきた人です。このタイプのマネジャーは、複数の文化に精通し、かつそれらの間を瞬時に行ったり来たりできるため、異なる文化に埋め込まれた暗黙知的なものを異文化間で伝達することが可能です。かつ、複数の文化的特徴を組み合わせたイノベーションを起こしたりするような活躍が期待されるとLückeらは論じます。


(3)「包摂型」の多文化人材は、1つの支配的な文化を拠り所とし、その文化的思考パターンに、他文化の特徴を包摂して拡張させている点を特徴としています。このタイプの人材は、1つの文化的環境で長く生活し、別の文化的環境での経験が比較的浅い場合に形成されます。思考パターンは単一文化的な人材に近いが、異文化の思考も理解できる人材です。このタイプのマネジャーは、本国企業の代表として海外に赴任し、本国の立場で海外拠点をマネジメントしたりする場合に適しているといえます。とりわけ、企業が本国で培われたカルチャーや戦略、制度を海外に浸透させたい場合にはこういった人材が威力を発揮するだろうと思われます。


(4)「収斂型」の多文化人材は、多くの文化に共通するようなものの考え方を思考する人材です。このタイプの人材は、多数の文化で生活した経験を持つが、各々の文化に深くは関わらなかったような人材なので、それぞれの文化の共通項を取り出すようなかたちで思考パターンを形成しており、それぞれの文化の深い部分を理解することは困難です。ただし、多くの文化に共通する要素を用いて、他の文化を理解することができます。このタイプのマネジャーは、ブリッジ人材として、複数の文化の共通項に着目しながら、お互いの橋渡しをするような役回りに向いているとLückeらは論じます。


(5)「一般化型」の多文化人材は、複数の文化の特徴を超越して、どの文化にも偏らず、どの文化でも通用するような思考パターンを持っている人材です。このタイプの人材は、複数のお互いに相容れないような文化的環境を経験してきており、そこから、どの文化でも通用するような思考パターンを発展させた人材だといえます。このタイプのマネジャーは、多くの文化についてよく理解できているうえ、特定の文化に偏らない思考ができるため、異文化的状況を全体的に俯瞰することができます。まさにグローバルな視点で考えたりマネジメントを行うことができる人材だとLückeらは言います。


このように、多文化人材といってもそれで人くくりにせず、様々なタイプがあることを理解したうえで、それぞれのタイプの特徴に応じて、多国籍企業内で適材適所を心がけることによって、彼らが持つポテンシャルを最大限に活用できると考えられます。

文献

Lücke, G., Kostova, T., & Roth, K. (2014). Multiculturalism from a cognitive perspective: Patterns and implications. Journal of International Business Studies, 45, 169–190.

「包摂風土」の醸成が人材のダイバーシティを活かす

近年、人材のダイバーシティ・マネジメントの重要性がますます高まっています。ダイバーシティ・マネジメントの要諦は、性別、人種、国籍、文化などが異なる多様な人材を採用し、それに伴う多様性(ダイバーシティ)を、企業の強みに変換することです。ダイバーシティを高めることの利点は、多様な視点が得られることで、組織としてのクリエイティビティやイノベーション能力が高まり、それが企業競争力を高める可能性があることです。一方、ダイバーシティを高めることのデメリットとして、異なる価値観や文化的背景を持った人々が集まるがゆえに生じる、メンバー間の葛藤(コンフリクト)が、職場や組織の生産性を阻害することでしょう。


では、いかにして人材のダイバーシティを高める事によるデメリットを防ぎ、ダイバーシティのメリットを活かしていくことにつながるのでしょうか。この点に関して、Nishii (2013)は、組織や職場において「包摂風土(climate for inclusion)」が存在する事で、ダイバーシティのデメリットを防ぐことができるということを理論化し、実証的に示しました。


「包摂風土」とは、組織や職場において多数派(マジョリティー)と少数派(マイノリティ)が分離し、少数派にチャンスが得られないような状態ではなく、多様な人材のすべてが平等に組織や職場に参加していけるような組織風土を指します。これは、組織や職場が、多様な人材から学び、彼らを統合していこうとする雰囲気を有しているかどうかと関連しています。具体的にいえば、人々の属性(性別、人種、国籍)などに関わらず、すべての人々が平等・フェアに扱われ、お互いの考え方や価値観などが尊重され、そして組織や職場の重要な意思決定に彼らの意見が考慮されるような風土を指します。このように、包摂風土は、「全員が平等・フェアに扱われること」「異なった考え方が尊重され統合されること」「全員が意思決定に参加できること」の3次元からなると考えられています。


Nisiiは、男女のダイバーシティを題材とした実証研究において、職場でのダイバーシティが高まるほど一般的にはタスク・コンフリクトや人間関係コンフリクトが生じやすくなるが、職場において包摂風土が存在していれば、そういった関係は和らぐと予測しました。さらに、タスク・コンフリクトや人間関係コンフリクトが高まれば、一般的にはそれが職場全体としてのメンバーの満足度を低め、結果的に離職者を増加させるが、職場において包摂風土が存在していれば、そういった関係も弱まると予測しました。


Nishiiは、特定の組織における100部署、合計1324名の従業員を対象とした調査を行い、彼女の予測をおおむね確認しました。具体的には、包摂風土が高いほど、男女のダイバーシティが職場のタスク・コンフリクトおよび人間関係コンフリクトにつながる度合いが弱いこと、包摂風土が高いほど、職場における人間関係コンフリクトがメンバーの満足度を悪化させる度合いが弱いこと、そして職場メンバーの満足度が、彼らの離職率を予測することを確認しました。


Nishiiの研究から、組織や職場が包摂風土を醸成することによって、ダイバーシティが高まった職場において、メンバーが自分とは異なるタイプの人々に対して偏見やネガティブな印象を持つ可能性を抑え、かつ、コンフリクトが生じたとしてもそれを建設的に組織や職場の生産性の向上などに活かしていこうとする態度や行動につながることを示唆します。つまり、ダイバーシティが企業や組織のパフォーマンスの向上につながる可能性が高まることが示唆されるわけです。

参考文献

Nishii, L. H. (2013). The Benefits of Climate for Inclusion for Gender-Diverse Groups. Academy of Management Journal, 56(6), 1754-1774.