企業同士の対等合併においてフェアネスとは何を意味するのか

フェア・マネジメントが重要になってくる場面の一つに、いわゆるM&A(合併および買収)があります。特に、日本の場合、銀行業界、保険業界、鉄鋼業界など、業界再編などに伴って同業の企業同士が合併するさいには、対等合併となるケースが多く見られます。では、対等合併における企業統合プロセスにおいて、お互いの企業にとってフェア(公平、公正)であるとはどのようなことを指しているのでしょうか。


この問題について、Monin, Noorderhaven & Kroon (2013)は、対等合併の統合プロセスにおける長期的かつ丹念な事例研究を行い、対等合併においてフェアネスの理解がダイナミックに変化する様子を捉えたモデルを構築しました。フェアネス(公正: justice/fairness)にはいくつかの次元があります。代表的なのが、分配的公正(distributive justice)、手続き的公正(procedural justice)、相互作用公正(interactional justice)ですが、彼らが焦点を当てたのは、対等合併において、人事ポストや保有資産などの各種リソースを両社でどのように分け合うかに関するフェアネス概念である「分配的公正」でした。


リソースをどのように分配するかに関するフェアネス概念である分配的公正には、いくつかの分配ルールが考えられます。そのうち、本研究の対象となったのは、平等ルールと衡平ルールです。対等合併における平等ルールとは、合併の結果生じるリソース(人事ポジションや予算配分、資産など)を両社で対等に分けることがフェアであるという考え方です。それに対して、衡平ルールとは、合併で生じるリソースの分配は、両社の業績等への貢献度に応じて配分すべきであるという考え方です。


Moninらは、対等合併の事例研究において、次のようなプロセスモデルを提案しました。まず、対等合併が起こる当初は、リソースを両社でいかに分け合うかという分配的公正が強く意識され、そこでは平等ルールが重視されます。つまり、できるだけ両社で平等にリソースを分け合おうとします。しかし、対等合併の統合が進むにつれて、平等ルールの重視がだんだんと衡平ルールの重視に変わってきます。つまり、合併会社全体の業績への貢献度に応じて資源を分配すべきだ、よって貢献度の高いほうの会社のほうがより多くの資源を獲得すべきだという考え方に変わってくるわけです。さらに、合併後の統合が進むにつれ、分配的公正の相対的重要性もだんだんと薄れていきます。つまり、リソースを両社でいかに分けあうかという視点がだんだんと重視されなくなるというわけです。


では、なぜ対等合併でのフェアネスの理解に関して上記のようなダイナミックなプロセスが起こることが考えられるのでしょうか。Moninらによれば、それは、企業合併に伴う統合プロセスには、合併する2つの会社間の政治的駆け引きに基づくプレッシャーと、合併によるシナジー効果を出さなければならないというプレッシャーの2つの異なる力がせめぎあうプロセスだと考えられるからです。対等合併の場合、少なくとも建前上は、両社が対等に統合するわけですから、リソースの分配も平等であるべきだという考えが生じます。よって、合併当初は、統合のプロセスにおいていかに両社が納得するか(フェアだと思うか)が重要であり、そのための駆け引き(交渉)が繰り広げられます。これは、限られたパイを分け合う「分配的交渉(distributive bargaining)」のプロセスです。


しかし、両社が平等にリソースを分け合うことのみを目的とした「分配的交渉」そのものは、なんら追加的な価値を生み出しません。つまり、両社がリソースの平等な配分にこだわった交渉をつづける限り、合併によるシナジー効果は生まれないことを意味します。合併の統合プロセスが進むにつれて、当然のことながら、合併によるシナジー効果を出さねばならないというプレッシャーは高まってきます。そうであるならば、両社とも新たな価値を生み出すことに注力すべきで、そのモチベーションを高めようと思うならば、貢献度に応じてリソースを配分するべきだという考えにシフトするはずです。つまり、分配的公正の平等ルールから衡平ルールへの変化が起こるということです。


合併後の統合プロセスにおいて、両社が、いかにシナジー効果を生み出すかに注目するようになると、両社の交渉も、単に限られたパイを分配するための「分配的交渉」から、両社が協力して分け合うパイをいかに増やしていくかに注力する「統合的交渉(integrative bargaining)」に変化していきます。両社が、いかにして合併後の価値(シナジー効果)を高めていくかにより注力するようになれば、リソースをいかに分け合うかという視点はだんだん弱くなってきます。よって、分配的公正の相対的な重要度も下がってくると考えられるわけです。


ただし、Moninらは、上記のような対等合併におけるフェアネスのダイナミックなプロセスが、オートマチックに起こるものではないことも指摘します。つまり、上記のようなフェアネス理解の変化は、合併後の統合をチェンジ・エージェントとしてリードしていく企業上層部や管理職と、その下で働く従業員との複雑かつ相互作用的な対話すなわちコミュニケーションの結果、生じてくるものであるだというということです。対等合併に関わる人々にとって「何がフェアなのか」「どんな種類のフェアネスを重視するのか」といったフェアネスの理解は、企業上層部から平社員に至るメンバー間の相互コミュニケーションによって「社会的に構築される」ものだというのです。

文献

Monin, P., Noorderhaven. N, Vaara, E, & Kroon, D. 2013. Giving sense to and making sense of justice in post-merger integration. Academy of Management Journal, forthcoming. doi: 10.5465/amj.2010.0727

お客様からの理不尽な扱いに従業員はどう反応するのか(2)

「お客様からの理不尽な扱いに従業員はどう反応するのか(1)」において、従業員の共感(パースペクティブテーキング、相手の立場に立って考えること)の能力が高いと、顧客からの不当な対応にともなう悪影響が和らぐ可能性についての研究を紹介しました。
http://d.hatena.ne.jp/jinjisoshiki/20121125/1353845796


顧客からの理不尽な扱いにおける、従業員のモラル同一性(moral identity)の役割について行ったSkarlicki, van Jaarsveld, & Walker (2008)による研究を紹介します。まずSkarlickiらは、サービス業務に携わる従業員が顧客から理不尽な(アンフェアな)扱いを受けた場合、従業員の顧客に対する怠慢行動が増すことを予測しました。これは、不当な扱いを受けた従業員の心の中に怒りや非難の気持ちが芽生え、その気持ちにもとづいた報復として、顧客に対して怠慢行動をとるというメカニズムで説明できます。そして、このメカニズムが、従業員のモラル同一性の度合いによって影響を受けることを予測しました。


モラル同一性は、人がどれだけ道徳的(倫理的)観念を意識しているかの度合いだと考えられます。モラル統一性の高い人は、道徳的観点から物事を考えたり判断したりする傾向が強く、情報処理をするさいに道徳的観点を喚起しやすいタイプの人物だといえます。ただ、モラル同一性には、象徴化(symbolization)と内面化(internalization)という2つの対照的な次元があるとも考えられます。象徴化次元は、道徳的な出来事に対する反応を公の場で行為として表に出しやすい度合いを指します。例えば、非道徳的な行為に対して怒りの反応をすぐに出しやすいかどうかという度合いです。それに対して内面的次元は、道徳的基準が自己の中心にあるため、道徳的な出来事において外部に寛容で懲罰的でない度合いを指します。例えば、非道徳的な人物がいたとしても、その人を強く非難したり罰したりせず、許してあげようという気持ちが働く度合いです。


Skarlickiらは、顧客対応の従業員を対象とした調査を実施し、顧客から不当な扱いを受けた従業員が、顧客に対して怠慢をはたらく度合いは、モラル同一性のうち象徴化次元が高い人物ほど顕著に見られること、しかし、モラル同一性のうち、内面化次元が高い場合、そのような傾向(象徴化次元の高さが、不当な扱いにたいする怠慢としての反応を助長する)が見られないことを確認しました。


Skarlickiらの研究により、顧客から不当な扱いを受けた場合、モラル同一性の象徴化次元が高く、内面化次元が低い従業員の怠慢行動が増すことがわかりました。そのことによる組織の業績の低下を防ぐにはどうすればよいでしょうか。まず、フェア・マネジメントを徹底するという組織であるならば、まずは、自分の従業員が顧客から不当な(アンフェアな)扱いを受けることを防ぐことも重要なマネジメントとなるでしょう。従業員を理不尽に扱う顧客に対してはサービスを提供しないという毅然とした方針を提示するのもその1つでしょう。あるいは、従業員の顧客対応能力を高める訓練を行い、顧客からの不当な扱いを未然に防ぐという方法も考えられます。

文献

Skarlicki, D. P., van Jaarsveld, D. D., & Walker, D. D. (2008). Getting even for customer mistreatment: the role of moral identity in the relationship between customer interpersonal injustice and employee sabotage. Journal of Applied Psychology, 93(6), 1335.

お客様からの理不尽な扱いに従業員はどう反応するのか(1)

組織の従業員を尊重し、公正かつ丁寧に扱おうとするのがフェア・マネジメントの基本ですが、従業員は組織のメンバー以外からも、フェア・アンフェアな扱いを受けます。その代表例が、サービス業における従業員が顧客から受ける扱いです。顧客対応を伴う業務の場合、様々なタイプの顧客と接することもあり、時には非常に理不尽だと思われる扱いをお客様から受けるということもあるでしょう。これは、フェア・マネジメントにとっても重要なトピックであるのです。何故ならば、組織として従業員をフェアに扱っていても、その従業員が顧客から理不尽に(アンフェアに)扱われるならば、それが何らかの悪影響を及ぼすことが予想されるからです。その例として、報復、怠慢、非生産的行動、そして従業員の心身のの健康問題などが挙げられます。


Rupp, McCance, Spencer, & Sonntag(2008)は、顧客から受けるアンフェアな扱いが、従業員の感情労働に与える影響を調査しました。感情労働とは、従業員が業務上求められる望ましい感情表現をする行為を指します。感情労働には、表層的行為(surface acting)と深層的行為(deep acting)の2つのタイプがあると考えられています。表層的行為は、実際に本人が持っている感情はそのままにして、業務上求められる感情表現のみを表現する行為を指します。それに対して深層的行為は、自分自身の感情そのものを、業務上表現が求められる感情に合わせようとする行為を指します。例えば、内心は怒っていても表面上は明るい感情表現をするような行為が表層的行為で、心の底から明るい感情で振る舞おうとするのが深層的行為です。


Ruppらは、顧客から理不尽な(アンフェアな)扱いを受けるほど、従業員は表層的行為を行いやすいと予測しました。表層的行為が増加すれば、それは真の感情と表現する感情が齟齬をきたしている状態ですので、本人の疲労を増加させ、心身の健康を損なうリスクも増えることになります。顧客対応の従業員は、顧客から不当な扱いを受けたとしても、業務上は笑顔でその顧客に接しないといけなかったりします。それが、本人の心身に悪影響を及ぼすのみならず、取り繕うような表面的な感情表現が顧客に伝わることによって、顧客満足の悪化を招く可能性も示唆されます。


しかし同時にRuppらは、本人の共感能力(相手の立場に立って考える能力:perspective taking)が高いほど、顧客からの理不尽な扱いが表層的行為につながる可能性が低いことも予想しました。ここで重要なのは、フェアか、アンフェアかというのは客観的なものではなく、受けた扱いを本人がどう知覚するかに左右されるということです。つまり、客観的には理不尽と思えるような扱いを顧客から受けていたとしても、本人が顧客の立場に立ってその理由を考えることで、顧客がそう振る舞う理由を理解することを促進するのだと考えられるわけです。Ruppらは実証調査を通じて、これらの仮説が妥当であることを確認しました。


もし、顧客から受けた不当な扱いに対して、「顧客の立場からすると仕方がないことである。そう振る舞う顧客の気持ちも理解できないではない」と本人が納得できるのであれば、その不当な扱いをアンフェアなものとは見なさずに受け入れることを可能にし、怒りなどの感情を生むことなく、真に明るい気持ちでその顧客に対しても接することができるかもしれません。つまり、表層的行為ではなく深層的行為で接客することが可能になるかもしれません。そうであれば、顧客からの不当な扱いによる悪影響が多少は和らぐと考えられます。Ruppらの研究では、従業員が常に顧客からアンフェアに扱われるリスクを抱えるサービス業務にとっては、従業員が共感能力を高めたり、共感能力の高い人物を採用することが重要であることを示唆するものだと考えられます。

文献

Rupp, D. E., McCance, A. S., Spencer, S., & Sonntag, K. (2008). Customer (In) Justice and Emotional Labor: The Role of Perspective Taking, Anger, and Emotional Regulation†. Journal of Management, 34(5), 903-924.

上司が特定の部下のみに対して侮辱的管理を行うのは何故か

上司が突然部下を罵倒したり、人前で辱めたり、非物理的なかたちで敵意をあらわにするような行動を繰り返す侮辱的管理(abusive supervision)は、職場で頻繁に観察されるというわけではありませんが、特定の割合で発生していると考えられ、侮辱的管理の犠牲となる従業員は精神的、肉体的に大きなダメージを被ります。しかし、そのような問題行動をとる上司は、部下なら誰にでもそのような侮辱的管理をするのではなく、特定の部下をターゲットにする傾向があります。そのような現象は従業員をアンフェアに扱うことを示しており、フェア・マネジメントの視点から見ても深刻な問題です。では、どのような理由およびメカニズムで、上司が特定の部下に対して侮辱的管理を行うようになるのでしょうか。


Tepper, Moss, & Duffy (2011)は、この問題について「道徳的排除理論(moral exclusion theory)」を基本枠組みにしたモデルを提案しました。道徳的排除理論によれば、人は通常は対人的にも道徳的に振る舞う存在なのですが、例えば自分と敵対する人物など、特定の人物が自分の道徳的規範でカバーする人々の範囲外だと認識する場合には、意識的・無意識的に、その人に対して道徳的規範を外れた敵対的な行動すなわち非道徳的な行動をとってもよいだろうと判断する傾向があることを指摘します。Tepperらは、このようなメカニズムを誘発する出発点として、部下との深層的相違(deep-level similarity)をとりあげます。深層的相違は、外見など表面的な相違ではなく、平たく言えば「価値観の違い」です。


Tepperらのモデルは、自分と価値観が合わない部下がいる場合、その部下に対して侮辱的管理を行う可能性が高まるが、それは以下のような間接的なプロセスを通じて生じると説明します。まず、価値観が合わない部下とは、意見の相違などを通じて人間関係上のコンフリクトが発生すると考えられます。自分の考えに賛同しない、自分の言うとおりに行動しない、反抗的であるといった知覚が(客観的にではなく単なる妄想的な場合も含めて)、その部下を気に入らないと思う御ようになるため、人間関係上のコンフリクトの知覚に発展します。


次に、人間関係上のコンフリクトは、その部下の職務成果、業績を低く評価することにつながりがちです。つまり、自分と価値観の違う部下、かつ気に入らない部下に対しては、これも意識的・無意識的に、評価を低めてしまうわけです。そうなると、「あいつはダメな奴だ」というイメージが上司に焼きつくことになります。チームや部署の業績責任をもつ上司にとって、デキの悪い部下は、自分自身の社内での評判も下げてしまうことになります。よって、その部下は自分の足を引っ張る存在であり、自分に災いをもたらす、疎ましい存在になっていくわけです。つまり、「自分と価値観の合わない部下 → 気に入れない奴 → 業績も悪く、部署や自分の足を引っ張るまったくダメな存在」となっていくプロセスが発生すると考えられるわけです。


このように「デキが悪く、疎ましい存在で、自分を含め周りにも迷惑をかける」というイメージを持つ部下に対しては、他の部下に対しては道徳的に接している上司であっても、「別にないがしろに扱っても、攻撃的に扱ってもかまわない」という道徳的排除の判断が働き、それが侮辱的管理につながると考えられるわけです。ただし、先に述べたように、出発点である価値観の相違が侮辱的管理につながる可能性は多くが間接的であり、もし、上司がその部下の業績を低く評価しない場合には、侮辱的管理につながらないだろうということも論じています。価値観の相違があり、人間関係的なコンフリクトの対象となっている部下であっても、その部下が優秀で一目置く価値があるように上司が感じているならば、上司にとっての道徳的排除にはつながらないだろうという論理です。Tepperらは、こういったモデルを実証データを用いて検証し、おおむね仮説が支持される結果を得ました。


Tepperらの研究成果は、近年注目が集まる「ダイバーシティ(多様性)」の促進に注意を促す内容でもあります。なぜなら、組織のダイバーシティを高めるほど、異なる価値観を持つメンバーが増加する可能性が増え、そうすると上司と部下との価値観の不一致から侮辱的管理が発生する可能性も高まるからです。とりわけ、上司が道徳的な視野が狭い場合、自分の考えに固執して異なる意見に耳を傾けない場合、異なる価値観をもった人々への共感能力が低い場合などは、道徳的排除の対象を生み出し、侮辱的管理につながる可能性が高いので注意が必要です。そのような人物をリーダーとして選抜しないような仕組み、あるいはマネジャーに対するフェア・マネジメント研修の実施などを通じて、部下全員をフェアに扱い、侮辱的管理の発生を防止する策が企業に求められることでしょう。

文献

Tepper, B. J., Moss, S., & Duffy, M. K. (2011). Predictors of abusive supervision: Supervisor perceptions of deep-level dissimilarity, relationship conflict, and subordinate performance. Academy of Management Journal, 54, 279-294.

フェア・マネジメントの失敗は、マネジャーの侮辱的管理を通じて組織内に蔓延する

組織の従業員を尊重し、公正にに扱うことを理念とするのがフェア・マネジメントです。組織がこの「フェア・マネジメント」を怠ると、どのような問題が組織内の生じるでしょうか。その1つが、組織のマネジャーによる部下への「侮辱的管理(abusive supervision)」です。物理的な暴力にこそ訴えることはないものの、上司の部下に対する罵倒、辱め、嫌がらせといった行為を指す概念です。これは、部下がそう知覚していることが条件になるので、上司がそのような意図を明確にもっていなくても、侮辱的管理が存在している可能性があります。


Aryee, Chen, Sun, & Debrah (2007)は、侮辱的管理に絡むトリクルダウンモデル(trickle-down model:浸透モデル)の考え方に基づき、組織内でマネジャーに対してなされる、相互作用不公正(interactional injustice)(アンフェアな行為)が、組織内における専制的なマネジメントの横行と相まって、当該マネジャーの部下に対する侮辱的管理につながることを論じます。さらに、そのような侮辱的管理が、部下によ相互作用不公正の知覚につながり、最終的には、組織コミットメントの低下や、仲間への援助、組織規律の遵守といった市民行動の低下につながるというモデルを提案しました。


相互作用公正とは、組織内における従業員とのやり取りのなかで、情報を適切に開示しているか、本人を人間として尊重し、威厳をもって扱っているかに関するフェアネス概念です。相互作用公正が低い、つまり相互作用的にアンフェアだとういうことは、自分が相手から軽々しく扱われていることを意味するため、自尊心は傷つき、やる気が喪失し、相手や組織に対する怒りや葛藤の念を抱きます。そのような不満は、上層部ではなく、自分よりも地位の低い部下に「八つ当たり」のようなかたちでぶつけられる可能性が高まります。


不適切なフェア・マネジメントが、マネジャーの侮辱的管理を誘発するメカニズムを助長するのが、専制的リーダーシップの存在です。組織内で行われているリーダーシップのあり方が、部下の参画意識を奨励するような民主的なものではなく、自分自身を絶対視し、部下に対して命令調で、権力によって従わせようとするような専制的リーダーシップであるならば、相互作用的な不公正感を持っているマネジャーは、そういったリーダーシップスタイルを部下に対して行うことで、フラストレーションや怒りのはけ口としようとする行動につながるわけです。


そういった侮辱的管理の対象となった部下は、上司に対して、相互作用的不公正感を抱きます。つまり、自分が会社の一員としてもしくは人間として尊重され、丁寧に、大切に扱われていないという認識につながるのです。そういった不公正感は、組織への愛着(情緒的コミットメント)、仲間への支援、組織規律の遵守といった、チームワークを通じた組織の生産性の向上にとってマイナスとなる行動につながると考えられます。このような形でAryeeらは、組織による不適切なフェア・マネジメントが、侮辱的管理の蔓延につながり、それがさらに下層の従業員の不公正感につながり、最終的には組織の生産性を阻害する行動につながるという理論を展開したわけです。Aryeeらは、実証研究を通じてこのモデルの妥当性を確認しました。

文献

Aryee, S., Chen, Z. X., Sun, L., & Debrah, Y. A. 2007. Antecedents and outcomes of abusive supervision:
Test of a trickle-down model. Journal of Applied Psychology, 92: 191–201

マネジャーによる部下への侮辱的管理はいかなるメカニズムで生じるのか

職階上の上司が直属の部下に対して大声で罵倒したり、人前で辱めたり、嫌がらせをするような行動を、侮辱的管理(abusive supervision)と呼びます。学術的には「上司が継続的に非物理的な敵対行動をとっていると部下に知覚されるような管理形態」であると定義されます。物理的な暴力は受けなくとも、上司にそのような侮辱を受けた部下は精神的に大きなダメージを被り、肉体的な健康や職場への不適応、自発的離職などにつながるなど、業務遂行に深刻な問題が生じるでしょう。侮辱的管理が組織内に蔓延すれば、会社の業績にも大きなダメージを与えることでしょう。このことから、マネジャーによる侮辱的管理は会社にとって深刻な状況をもたらします。


「このような侮辱的管理を行うマネジャーは上司として失格であるのみならず、人間として最低である」というように、一般的には、侮辱的管理の現象については、それを行うマネジャー本人に何らかの人間的問題があるというように受け取られがちです。しかし、そうした個人的要因に起因する側面は否定できないものの、侮辱的管理には、それを生じさせるもっと根が深いメカニズムが組織内で働いている可能性が大です。つまり、侮辱的管理を行うマネジャー本人だけの問題なのではなく、そのような行動の発生には、組織全体が抱える問題構造が反映されている可能性が高いということです。


この問題構造を簡単に言うならば、侮辱的管理を行うマネジャーは、実は自分自身が組織から不当に扱われており、その不満や精神的ダメージのはけ口として、都合のよい部下に対して攻撃的な行動をするというメカニズムが働いていると考えられるのです。これを、侮辱的管理のトリクルダウン(trickle-down:浸透)モデルと呼びます。組織の上層部から、ミドルマネジャーに向けた不当な扱いが、さらにその被害者であるミドルマネジャーがさらに下層の一般社員に対して不当な扱いをするという行為を誘発するため、不当な扱いが組織内にじわじわと浸透してしまうということです。


Tepper, Duffy, Henle & Lambert (2006)は、上記のような侮辱的管理の発生メカニズムを、組織による不適切なフェア・マネジメントに起因するモデルで説明します。彼らのモデルは、マネジャーに対する手続き的不公正(アンフェアネス)が、マネジャーの憂鬱感情などを引き起こし、そのようなマネジャーが怒りのはけ口の対象となる格好の相手としての部下(弱々しい部下)を見つけ出して彼らに対して侮辱的な行動をとるというメカニズムです。


組織からアンフェアに扱われるということは、マネジャーにとっては自分が組織から大切にされていない、もしくは価値のない人間であるという自己認識につながります。それは、自信の喪失、無力感、自暴自棄、やる気の喪失、怒り、そしてそれらによってもたらされる憂鬱感情につながります。憂鬱感にさいなまれたマネジャーの心の内には不当な扱いを受けていることに対する怒りの感情が内包されています。しかし、通常、アンフェアな扱いの温床となっている上層部に対して直接仕返しをすることがなかなかできません。それは憂鬱度を高め、どこかにそのはけ口を求めようとします。そして、そのはけ口の対象は、自分よりも立場が弱い部下に向けられます。つまり八つ当たりです。しかし、すべての部下にそれが向けられるというよりは、攻撃しやすい部下、例えば弱々しい、攻撃されても反撃できない、人づきあいが悪い、やや逸脱しているといった部下ほどターゲットにしやすいと考えられます。


Tepperらは、ネガティブ感情特性(ネガティブな感情に陥りやすい性格)をもった部下ほど、そういった侮辱的管理のターゲットになりやすいと論じています。なぜなら、そのような部下は、感情的に混乱しやすく、不安になりがちで、受動的である、不満足感になりやすいという特徴を持っており、攻撃しても反撃してこない、弱々しい対象と見なされる確率が高いからです。また、社交的でなかったりやや逸脱的な行動をする傾向があることからも、攻撃の対象としやすい面を指摘しています。Tepperらは、このような仮説を、334組の上司−部下関係を調べたデータに基づいて検証し、おおむね仮説を支持する結果を得ました。

文献

Tepper, B. J., Duffy, M. K., Henle, C. A., & Lambert, L. S. 2006. Procedural injustice, victim precipitation, and abusive supervision. Personnel Psychology, 59: 101–123.

フェア・マネジメントの指針にも影響する従業員のフェアネス監視行動

企業が従業員に対する公正(フェア)な処遇を実現しようとするフェア・マネジメントにおいて大切なのは、従業員の態度や行動に影響を及ぼすのは、客観的にフェアかどうかではなく、本人がそれをフェアだと知覚しているかどうかということです。そもそも、誰から見ても客観的な意味で公正・公平であることは不可能に近く、それゆえ、いかにして従業員の公正知覚を高めるか(よく使う言葉でいえば、納得感を高めるか)が、フェア・マネジメントでは重要になるということです。


一口にフェアネス・公正といってもいくつかの次元があり、代表的なものとしては、結果や分配の公正さを問題とする「分配的公正」、結果に導くプロセスや手続きの公正さを問題にする「手続き的公正」、そして、対人関係や情報開示などの相互作用上の公正さを問題とする「相互作用的公正」があります。そして、従業員が、組織からフェアに扱われているかどうかを判断するさい、どれか特定の次元を特に重視して公正かどうかの情報を集める傾向があると考えられます。Long, Bendersky & Morrill (2011)は、従業員が公正さを判断するために特定の情報を集め、それを利用するプロセスを「フェアネス監視行動(fairness monitoring)」と命名しました。


Longらは、従業員のフェアネス監視行動は、企業によるマネジメント方針の影響を受けると考えました。Longらがタイプわけしたマネジメント方針は、(1)市場原理型、(2)官僚組織型、(3)部族型です。市場原理型のマネジメントは、職務成果や結果を重視し、成果に基づく競争原理をマネジメントに適用する方針です。官僚組織型は、組織内の規則やルールを明確にすることにより、それに着実に従業員が従うことが組織成果につながるよう設計されたマネジメント方針です。部族型は、企業のミッションや価値観を徹底することにより、従業員行動の規律をマネジメントしようとする方針です。Longらは、この3つの異なるマネジメント方針は、従業員による異なるフェアネス監視行動につながると論じました。


まず、企業が市場原理型のマネジメント方針をとる場合、成果や結果が従業員の処遇に大きな影響を及ぼします。したがって、従業員は、分配的公正をより気にすることになり、分配的公正次元のフェアネス監視行動をより強めると考えられます。次に、企業が官僚組織型のマネジメント方針をとる場合、規則やルールに従うことが従業員の処遇に大きな影響を及ぼすので、従業員は、手続き的公正をより気にすることになり、手続き的公正次元のフェアネス監視行動をより強めると考えられます。さらに、企業が部族型のマネジメント方針をとる場合、企業のミッションや価値観を共有し、それにしたがっているかが従業員の処遇に強い影響を及ぼすので、従業員は、組織が自分自身を価値観を共有する同志だと見ているどうかをより気にします。よって、相互作用公正次元のフェアネス監視行動をより強めると考えられます。


Longらは、シナリオスタディサーベイ調査の2つの研究を通じて、上記の予測が成り立つことを実証的にも確認しました。このことから、企業は自社のマネジメント方針がどのような基準に基づいているかによって、フェア・マネジメントで特に気をつけるべきポイントを判断することの重要性が示唆されます。

文献

Long, C. P, Bendersky, C,& Morrill, C. (2011). Fairness monitoring: Linking managerial controls and fairness judgments in organizations. Academy of Management Journal, 54, 1045-1068.