量子論をベースとする新しい組織マネジメントとは

今回は、量子論をベースとする新しい組織マネジメント論の可能性について考えてみたいと思います。これは、量子力学に代表される量子論が提案する新しい世界の存在の理解や、その認識の理解に基づいて、組織現象の存在や認識について考えてみようとするものです。そうすることで、伝統的な組織論や伝統的な組織マネジメントの考え方とは異なる見解が導き出されるのかどうか、そして、新しい見解が導き出されるのであれば、それは本当に組織のマネジメントに役立つのかどうかを検討していきます。具体的には、HahnとKnight (2021)が紹介する量子論をベースとする存在論的な議論を参考にしながら説明をしていきたいと思います。

 

私達をとりまく物質世界の根源的な姿を解明しようとするのが量子論です。根源的な姿というのは、物質(=モノ)を分割不可能なレベルにまで微小化した場合、それを量子とか素粒子と呼ぶならば、それはどのように存在し、どのように認識可能であり、そしてどのように振る舞うのか、それを理解することができれば、物質世界は全て素粒子からできているので、私達の物質世界全体も理解することが可能だというわけです。量子論の世界では、私達が直感的に想像するように、物質が限りなく永遠に微小に分割されつづけることが可能だと考えません。量子論の大胆な解釈を試みるならば、微小な世界では、物質としてのモノが、それを取り囲む時空とか、現象としてのコトと混ざり合っており不可分な状態となっているからです。だから、モノのみがそれ以外から独立してどんどん分割されていくという考えが成り立たないのです。

 

量子論では、私達が持っている素朴な直感や論理では理解し難い物理現象の記述が展開されます。例えば、私達の直感と論理では、「光」や「電子」は、それらの性質を考えるならば、粒子か波かのどちらかである可能性はあるが、粒子であって同時に波でもあるというロジックは成り立ちません。しかし、量子論では、素粒子は粒子であると同時に波であると考えます。矛盾しているというか論理的に破綻さえしているように見えますが、数式で表されるこの見解が私達が観測する微小な世界の振る舞いをもっとも的確に説明します。よって、量子論の考え方を、物事の存在やその認識のあり方を理解するための新しいパラダイムとするならば、すなわちこの世界を成立せしめている根本原理だと考えるのであれば、この考え方を量子論以外の学問に展開していける可能性もあるということになります。

 

では、HahnとKnightがどのように量子論を組織現象の理解に適用しようとしているのかを見ていくことにしましょう。まずHahnとKnightは、量子論のうち3つの原理を組織現象の理解に応用しようとしています。それは、量子論における(1)重ね合わせの原理、(2)観測の効果、(3)量子もつれと非局所相関です。それぞれの詳細な説明は膨大な量子論の解説書に譲るとして、ごく簡単に説明するならば、(1)重ね合わせの原理は、異なる状態が重なっているという原理で、「シュレディンガーの猫」の思考実験でも使われた「猫が死んでいる状態と生きている状態の両方が重なっている」というようなイメージです。直感的にはありえないですが量子論の世界ではそうなっているということです。(2)観測の効果は、異なる状態が重ね合わさっている状態の時にはどちらなのかが確率的にしかわからないが、いったん観測すると1つに確定してしまい、もはや確率的ではなくなる(収縮する)ということです。(3)量子もつれと非局所相関は、量子同士がたとえ離れていても関連していて、片方の量子の重ね合わせ状態が観測によって確定すると、もう片方の量子の重ね合わせ状態も確定してしまうというものです。

 

HahnとKnightは、社会的企業を例に引いて、社会貢献と利益追求の2つの相反する特徴は本当に存在しているのか、それをどう組織のメンバーが認識するのかについての事例に上記の3つの量子論の原理を当てはめることで、新たな見解を説明しています。彼らの問題意識は次のようなものです。社会的企業というのは特殊な組織であり、社会への貢献と、利益の追求という本源的に対立するものを同時追求している。資本主義社会の中ではこの2つは両方とも重要だが、同時追求することは難しい。当然、社会的企業のメンバーは、日々そのことに悪戦苦闘しているはずだ。しかし、インタビューなどで調査をしてみると意外と、そのようなジレンマやトレードオフあるいは「パラドクス」を感じていなかったりする。それはなぜだろうか、というものです。

 

HahnとKnightは、2つの考え方を比較検討します。1つ目は実在論で、社会貢献と利益追求のパラドクスは、メンバーが気づこうと気づかなかろうと、社会的企業である以上はそのビジネス構造として、あるいは内在的に組織に組み込まれている実在である。だから、パラドクスを知覚していないメンバーは、内在しているパラドクスに気づいていないだけである。2つ目は構築主義で、そのパラドクスは、そのメンバーが共通了解によって作り上げる現実だから、元々存在しているわけではないし、社会的企業のビジネス構造に由来するものでも、組織に内在した特徴でもない。この2つの考え方は、パラドクスの存在のあり方をめぐって対立しているので並び立ちません。なので、どちらかが正しいのだろうと思いがちですが、どちらを正しい考え方だと選択するかで組織マネジメント実践の含意が変わってしまいますし、組織メンバーに対する助言のあり方も変わってしまいます。

 

実在論の立場に立てば、組織のメンバーがパラドクスを認識していなくともパラドクスの状態は組織に内在しているので、組織マネジメントはその影響を受けることになる。だから、その組織は、本人たちが理解不能な問題に直面してしまうかもしれない。だから、助言をするならば、社会的企業の組織は、社会貢献と利益追求のパラドクスに気づき、それを受容し、それに対応することが、効果的な組織マネジメントにつながるということになるでしょう。一方、構築主義の考え方に沿えば、初めからその組織にパラドクスが存在しているわけではないのだから、本人たちが認識していなければ影響を受けるも受けないもないということになります。だから、本人たちが社会貢献と利益追求のパラドクスを認識していないのであれば、その状態で組織マネジメントをしても問題がないことになります。逆に、本人たちが、そこにパラドクスがあると認識し出すと、パラドクスが社会的に構築され存在するようになりますから、今度は逆にそれが組織マネジメントをやりにくくしてしまう可能性すらあるでしょう。だから、本人たちがパラドクスを知覚することなく効果的な組織マネジメントを実践しているのなら、あえてパラドクスに目を向けさせるような助言は無用ということになります。

 

社会貢献と利益追求のパラドクスの存在についてどちらの立場を取るかで、組織マネジメントのあり方や助言も変わってくる。これは困ったということになるわけですが、ここでHahnとKnightは量子論の3つの原理を登場させることでこの問題に対応しようとするのです。まず、重ね合わせの原理を用いて、メンバーがパラドクスを知覚していない段階では、「社会貢献と利益追求のパラドクスは、その存在と非存在が重なり合っており不確定状態にある」とします。別の言い方をすれば、そのパラドクスが存在する可能性と、存在しない可能性が確率的に共存しているということです。そして、観測の効果の原理を用いると、組織のメンバーが、何らかの方法でパラドクスの存在を知覚した場合、そのパラドクスの存在が確定し、パラドクスは存在しないと考えた場合、非存在が確定するのだと論じます。そのどちらかになるかは、その時に組織が置かれている状況や文脈によって異なってくるとHahnとKnightはいいます。例えば、急に景気が後退し、それまでうまくいっていたビジネスに暗雲が立ち込めたときにパラドクスが顕在化してくるといった感じです。

 

そして、量子もつれと非局所相関の原理を用いることで次のように予測します。組織のメンバーが、社会貢献と利益追求のパラドクスを知覚すると、そのパラドクスの存在が確定し、それと関連するさまざまな組織内の問題も同時に確定し、存在するようになる。逆に、組織メンバーが、そのパラドクスを知覚しないと、そのパラドクスが存在しないことが確定し、それに関連する組織内の問題も存在しないことが確定する。例えば、社会貢献と利益追求のパラドクスが顕在化してくると、それと連動して、既存のビジネスを回していくのと同時に、新しいビジネスを探索して見つけていくことの両方を追求することが必要となってくる、すなわち両利きの経営というパラドクスの必要性も顕在化してくるといった具合です。大事なのは、量子論的な視点に立つと、これらの様々かつ連動して顕在化してくるパラドクスは、以前は存在していなかったのではなく、以前から潜在的に存在していた(確率的にのみ存在している)といえるということです。

 

さて、社会的企業における社会貢献と利益追求のパラドクスの存在のあり方、認識のあり方を事例として展開されたHahnとKnightによる量子論的な組織論の基本的なロジックが分かったところで、これがどう組織マネジメントの実践に新たな見解をもたらすのか。HahnとKnightの考察を参考にして考えてみましょう。まず大事なのは、組織マネジメントの実践においては、様々な事象が起こる確率と起こらない確率が重なり合わさっている状態が存在するということを知ることの大切さです。これは、何らかの出来事や問題がどこからか突然現れるのではなく、すでに潜在的に存在しており、ある状況、ある条件の下でそれが顕在化する可能性があるということです。それが顕在化すると、今度はそれに連動した別の出来事や問題も顕在化していく可能性もあります。これらはすべて、潜在的に組織に内在していると考えるのです。それに気づくことが、いろんな出来事が顕在化した時にどうすればよいのかの準備をする余裕を作り出すことにつながるのだといえましょう。

 

では、どうすれば上記のような様々な組織マネジメント上で起こりうる出来事の潜在性を知ることができるのでしょうか。1つ考えられるのが、マネジャーや組織のメンバーが想像力を豊かにして、いろいろな可能性を想像してみることだと言えましょう。より具体的な経営手法でいうならば、起こり得る複数のシナリオを想像してみるシナリオプランニングが類似していると言えます。想像力を駆使して検討した結果、起こり得るいろいろなシナリオが特定されたとしても、それらのシナリオは、ある生起確率をもった潜在的な未来として、すでに組織内に内在していると考えられるわけです。それらのうちのどれかが起こったら、他のシナリオはそこで消えます。すなわち可能性の収縮が起こります。組織マネジメントは超短期的な視点から、このようなシナリオプランニングの繰り返しを行うことで、組織に内在している潜在的な可能性に築き、それが良いものであるならば、それが起こったときに最大限活用できるよう、それが悪いものであるならば、それが起こったときに損害を最小化できるよう、準備をしながら組織マネジメントを実践していくことが重要だという見解につながりそうです。これは以前にも紹介した「量子論に学ぶ組織変革」とも通じる見解です。

参考文献

Hahn, T., & Knight, E. (2021). The ontology of organizational paradox: A quantum approach. Academy of Management Review, 46(2), 362-384.

 

jinjisoshiki.hatenablog.com

 

 

ニューサイエンスに学ぶ組織論5:変化の基本思想

組織変革は、組織マネジメントにおける最も本質的な活動もしくは現象の1つであり、多くの組織において課題や問題を抱えるテーマでもあります。組織を取り巻く環境は日々変化しており、その変化に対して組織も変化し適応し続けなければ組織は生き残っていけないという認識を多くのマネジャーは持っていると思います。それでもなお、「うちの組織は変われない」「旧態依然としている」「大企業病から抜け出せない」などの悩みを抱えるリーダーやマネジャーも多いことでしょう。では、ニューサイエンスは、この組織変革についてどのような知見をもたらしてくれるのでしょうか。今回も、ウィートリー(2009)を参考に考えてみましょう。

 

まず、ニューサイエンスに基づく組織論では、組織変革すなわち変化とは何かに関する基本的な思想が、古典的な科学に基づく機械論的な世界観、組織観での変化の思想とは根本的に異なっていることを理解することが大切です。すなわち、機械論的な世界観でとらえられるように、部品を組み立てるように組織を設計して動かし、不具合があると思ったら故障した部品を探して取り換え、環境が変化すればそれに応じて部品を取り換えたり組み立て方を変えるといった組織変革の発想とは全く異なるということです。ニューサイエンスが教える変化の思想は、自然や生命が内包している弾力的に変化しつづける力、新しいものが創造される力、変化し続け創造を繰り返しならがも不変の自己を持続させるという特徴をうまく利用するということになるでしょう。

 

古典的な科学の「モノ」としての世界観だと、組織は質量のあるモノから成り立っており、力を加えないと動きださないものだし、いったん慣性の法則に従ってしまうと力を加えない限り方向転換できないといえます。一方、ニューサイエンスの「コト」としての世界観では、システム全体を構成する関係性というネットワークの相互作用プロセスや変化や創造の源泉となるエネルギーといったダイナミックな力を借りることで組織が変化していくといえます。ただ難しいのは、それを可能にするためには、相互作用しながら変化するシステム全体をみる必要があるという点です。これについてウィートリーは、逆説であるが、部分に着目することで全体への洞察を得ることができるといいます。そうすることで、全体系で作用し、いたるところに影響を及ぼしているダイナミクスに気づくというのです。

 

つまり、システムのダイナミクスと個体との相互作用を知るためには、全体と部分を交互に見て何かを発見するダンスのような見方が必要だというのです。また、全体系の意識を発達させる方法として、マインドマップ、ドラマ、ストーリー、絵など非線形の思考や直観を育てる方法がたくさんあるともいいます。その際は、知力だけでなく感覚を呼び覚ますことが大切で、そうすることで複数のレベルの現象の中に同時に存在できるようになるとウィートリーは指摘しています。そして何よりも、組織を一種の生命体ととらえることがポイントです。生命体も組織も、相互依存の関係で成り立っている濃密なネットワークなのであり、その相互作用プロセスが変化や創造の原動力となっているからです。

 

そして、組織というシステムの変化が起こるためには、システムが、システム自体について、システム自体からもっと学ぶ必要があるとウィートリーはいいます。それによって、システムが1つにまとまるプロセスが必要だというのです。この点について、システムが3つの重要な領域で自己認識を育てられるように手助けすることが重要だといいます。1つ目は、私たちは誰か、何者になろうとしているのかといった基本的なアイデンティティを共有すること、2つ目は、新しい情報を共有すること、そして3つ目は、システム内のどの人とも関係性を築くことです。これは、生命体で言えば成長の源泉である自己準拠のプロセスと関連しています。生命体が何のコントロールも受けずに秩序を、そして変化を否定しない安定したアイデンティティを創造できるのは、自己準拠があるからなのです。

 

生命体の守備一貫したプロセスを支えているのが自己準拠であり、自己準拠によって調和が保たれているのです。あらゆる生物は、自己を創造し、自己を利用して新しい情報をふるいにかけ、自分の循環を共創造するわけです。このように、ニューサイエンスは、生命に備わっている大きな創造力、そして循環という生命の本質をはっきり理解させてくれるのです。

 

そして、ニューサイエンスが描く世界は、相互接続のネットワークの世界であり、システムのわずかな乱れが、その発生元から遠く離れた部分に大きな影響を及ぼしうる世界です。些細な行動が大きな混乱やカオスとなって噴出する可能性がありますが、カオスが突発すると、現在の構造が崩壊するだけでなく、新しい秩序が生まれるための状況も作り出されます。この世界は、命令も管理も権威もなしで自らを自己組織化する方法を知っています。場所を選ばず、生命体は関係のネットワークとして自己組織化します。自己組織化は創造力を呼び覚まして、結果を出し、強く、適応力に富むシステムを築きます。そして、驚くほど新しい強さと能力を生むのです。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版

ニューサイエンスに学ぶ組織論4:非線形性とカオス理論

西洋文明は、人間が機械など人工物の構築によって自然を征服するという構図で発展し、工業化社会が花開きました。その過程で中心を成した思想が機械論的な世界観であり、機械論的な組織観でした。そして、そのような思想を支えたのが、線形性という発想だと考えられます。線形性とは変数間の関係が直線的であることを示す考え方で、世界や組織が機械だとするならば、それらを構成する部品が整然と動くことで全体が作動するというメカニズムを理解するのに役立ちます。つまり、線形的な関係というのは、物事が予測しやすく、コントロールしやすいことを示すことですから、自然を予測し、コントロールすることで、人工的な社会に変えていくこととフィットしたのです。

 

線形的な考え方は要素還元主義とも親和性があります。物事をそれを構成する要素まで分解し、少数の要素間の関係を見るのであれば、それは単純な関係であるはずであり、その単純さは線形性と同一だと捉えるのです。それは、部分の集まりが全体を構成するという発想にもつながりますので、精巧な部品を作って組み合わせるかが全体としての成功につながるという考えになります。しかし、このような古典的で機械論的な世界観を支える線形性ではなく、ニューサイエンスが取り組んでいるように、私たちが自然現象や生命現象といった、人工的ではないものから学ぶことができるアプローチが必要です。その1つが、非線形性だと考えられます。つまり、自然現象や生命現象は、本当は線形ではなく、非線形性を持っていると考えるのです。非線形性の特徴を一言で言えば、複雑で予測したりコントロールしたりすることが困難だということです。

 

非線形性を前提とする考え方は、組織マネジメントにおいて、マネジャーがあらゆる事象を正確に予測し、それに沿って計画をたて、計画が確実に実行できるよう機械としての組織をコントロールするといった発想を放棄することになるでしょう。むしろ、組織をモノからなる機械ではなく自然現象としてのプロセスであると捉え、生命を持った主体のように自己組織化する現象だと捉えることで、組織化する場において自然に湧き上がってくるようなエネルギーや創発性をうまく利用していくというアプローチにつながると考えられます。とりわけ非線形性の中でも、カオスやフラクタルの特徴を理解することが、そのような組織マネジメントを効果的に行うことを可能にしていくと思われます。そこで今回は、ウィートリー (2009) を参考に、非線形性やカオス理論を用いて組織マネジメントのあり方を考えてみましょう。

 

科学におけるカオス理論でのカオス現象は、コンピューターが発達するまでは、乱れた動き、予測不可能なエネルギーにしか見えなかったとウィートリーは解説します。しかし、カオスの状態にあるシステムの振る舞いをコンピューターの画面で追跡しながら観察できるようになって、システムがどのように変化していくのか、そして無秩序な振る舞いがあるパターンに収束していき、秩序が出現することがわかってきたといいます。これに基づき、私たちの創造力を解き放つ生命のプロセスとしてカオスを理解し、カオスとパートナーになる重要性をウィートリーは主張します。つまり、一見すると混沌にしか見えないカオスであっても、生成者である私たちが創造力を発揮してカオスを秩序立て、形と意味を生み出すことが可能だというのです。

 

カオス現象では、システムは前に後ろに全く予測のつかない猛烈な勢いで動き、同じ地点に二度と戻らないのに、システムの無秩序は振る舞いが、段々と秩序的なパターンを生み出し、自分たち自身をある形につくりあげます。この形を、ストレンジ・アトラクタと呼びます。これは決定論的なカオスに内在する秩序だと考えられます。カオス(混沌)という定義に反して、カオスは常に秩序と抱き合わせであり、動乱と秩序のダンスだと表現できます。決定論的な視点から言えば、これはマジックでもなんでもなく、秩序はもともとカオスに存在していたことになります。しかし、カオスのプロセスが、システムに内在する秩序をどのようにして明らかにするかを見るには、私たちの視点を部分から全体に変える必要があるのです。部分の動きだけ見ていても秩序はわからないということです。

 

組織プランナーのカートライトは、「カオスは予測可能性のない秩序である」と表現しているそうです。カオスの形は、自己組織化やフラクタルと同様に、自己にフィードバックし、そのプロセスの中で変化する情報から現れてきます。これは非線形性の特徴でもあります。線形性の世界では、小さな差異もしくは誤差は徐々に相殺されて平均的な傾向に落ち着きますが、非線形性の世界では、ごくわずかな変化がポジティブフィードバックなどを通してお互いに予測不能なかけ離れ方をしたりします。組織の端っこで起こったごく小さな変化が、組織全体に波及して組織を大きく変えてしまうということも、線形性に基づくとあり得ない話ですが、非線形性を想定すれば十分に考えられるわけです。このように、カオス理論は、世界が私たちが想像しているよりもはるかに敏感であることを教えてくれます。例えば、中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症がここまで世界を変えてしまうなど誰が予想できたでしょうか。

 

一方、フラクタルは、少数の非線形方程式を定義し、その方程式の結果をシステムにフィードバックするようにプログラムすることで生成できます。重要なのは方程式の1つの解ではなく、無数の反復の結果生じる振る舞いの合成画像です。フラクタルの画像のどこをとっても、自己相似性があります。このような自己相似性を持つフラクタルから学べることは、まず、パターンによって秩序立てられている世界は従来の物差しでは説明できないということです。重要なのは量ではなく質であるといえます。とりわけ、細部を詳しく見ても全体は見えてこないので、システムをシステムとして全体性の中で観察しなければならないのです。システムは孤立した出来事やデータ点としてでなく、パターンとして現れるからです。

 

そして、あらゆる組織は本質的にフラクタルだとウィートリーは論じます。なぜならば、あらゆる組織には自己相似性があり、振る舞いの反復パターンが存在しているからです。そのパターンは、組織でいうところの組織文化として捉えることが可能です。フラクタルな秩序は、複雑なネットワーク内で単純な式が式自体にフィードバックされる場合に生まれるわけですが、自らのパーパスや価値観を徹底的に貫いている組織は、その強固な価値観が自己準拠しながらフィードバックしつづける反復プロセスを通して、組織のパーパスや価値観を維持しつつ、自己相似的で新たな現象が次々と現れてくるという意味で、フラクタル創出プロセスをうまく利用しているといえそうです。

 

つまり、組織のメンバーがそれぞれ自由かつ無秩序に動いており、一見すると混乱状態にあるように見えても、ある原理が自己準拠するような反復フィードバックを繰り返しているがために、組織全体として見ると、長期的に見て秩序的なパターンが形成されていきます。そのような秩序的なパターンを生み出している原理が、組織のパーパスや理念といった価値観なのでしょう。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版

ニューサイエンスに学ぶ組織論3:創造エネルギーとしての情報

ニューサイエンスに学ぶ組織論2で議論したとおり、あらゆる生命体は、開放系としての散逸構造を持ち、自己組織化することで生命を維持しています。開放系としての生命体は、環境との相互交流を通して常に自分自身を作りかえながら、すなわち自己を創造し続けながら生き続けています。では、そのような自己を創造し続けることで生命を維持するプロセスを維持するためのエネルギー源はなんでしょうか。そして、その理解をどう組織マネジメントに活かすことができるでしょうか。今回は、ウィートリー(2009)を参考にしながら、そのような創造のエネルギー源としての「情報」について考えてみましょう。

 

あらゆる生命体は、自己を形にまとめるのに情報を利用しています。生物は、安定した構造ではなく、情報を統合していく連続的なプロセスだと言えます。具体的には、生物は毎日、古い細胞を捨て、他の有機体の要素を取り込んで、新しい細胞を作っています。したがって、医師で哲学者のチョプラによれば、私たち生命体は時間的、空間的に不動の存在なのではなく、流れる川にずっと近い存在なのだと考えられるそうです。では、肉体的・物質的には絶え間なく変化し続けているにもかかわらず、私たちが不変でいられるのはなぜでしょうか。それは、生物の体に含まれている情報の統合機能のおかげだと考えられます。

 

つまり生命体では物質は常に入れ替わっているのですが、物質を自分の周りに組み立て、一定のパターンを描いているのは情報(記憶)なのです。自己組織化システムは、物理的な形として現れるエネルギーのプロセスだと考えられます。自己組織化システムは、エネルギーをまとめる物質的な構造として、あるいは物質の流れをまとめる情報のプロセスとして理解するのが、いちばん説得力があるのではないかとウィートリーはいうわけです。生命体は情報を利用して物質を形にまとめあげるわけで、システムが生成し続けるためには、宇宙が成長し続けるためのは、情報が絶えず生成されなければなりません。そのような意味において、情報はすばらしい生命の源泉であるといえましょう。

 

ウィートリーによれば、生命の源泉は、新しい構造に整理される新しい情報すなわち目新しさにあります。生命体は、自己を保存するためにだけでなく、成長し、新しい能力をつくりだすために集めた情報を利用しているのです。そして、情報を処理し、情報に気づき、情報に反応する能力があるなら、システムに知性があるといえるといいます。例えば、人類学者のベイトソンは、フィードバックのために、自己制御のために、情報を生成し、吸収する能力のある存在は何であれ、精神があるといっているそうです。ただしそれは、情報を処理するコンピュータのようなイメージではありません。そもそもコンピュータは自らは開放系でもなく自己組織化もしない機械であるからです。

 

ウィートリーは、生命体と情報との関係を、フラクタルを例に挙げながら説明します。フラクタルでは、初めに単純な方程式があり、それを基準に自己準拠を繰り返しながら、複雑な形が生成されていきます。つまり、単純な反復が隠されている複雑さを実際に開放し、創造的な可能性にアクセスするのです。このように、フラクタルの方程式は、還元主義的アプローチの一種ではあっても、次々と新しい姿を現していくという意味において、進化フィードバックの出発点であると考えられます。複雑さを単純な形の積み重ねとして考える昔の還元主義とは異なります。

 

フラクタルの例でも出てくる概念で重要なのが、自己準拠です。自己に準拠して変化を展開していくためには、自己が確立している必要があります。生命体や組織でいうならば、自分(たち)は何者なのか=自己が確立されているということです。そのような自己が、情報の「意味」を理解するということも大切です。意味を理解するということは、新たに獲得した情報を、自己の生命維持のためにどう使うべきかが分かるということでもあります。そのうえで、常に自己を作り変え、新しいものを生み出し、変化しつつも、自分自身は維持しつづけているという逆説的なプロセスが実現し、短期的には非平衡であって不安定だが長期的には秩序が保たれているという逆説的なプロセスも実現するのです。

 

では、情報こそが生命の源泉だと捉える場合、組織マネジメントにその思想をどう活かすことができるでしょうか。まず、ウィートリーは、私たちがするべきこととして、システム全体に脈々と情報が流れ、あえて安定や平静を妨げ、情報が触れるものすべてに新しい可能性が吹き込まれるようにしなければならないといいます。つまり、情報を管理するのではなく促進するのであって、コントロールするのではなく発生させるということです。組織という自己組織化するシステムに、エネルギー源もしくは栄養としての情報が自由に流れ込んでこんだり生成されたりするということで、情報をエネルギー源と捉えるならば、情報に自由にアクセスすることで自己組織化を促すことの重要性を理解することが大切だということです。

 

そして、自分たちは何者なのかという組織アイデンティティ、あるいは組織の存在意義としてのパーパスを明確に確立しているということも重要だといえます。なぜならば、自由に情報にアクセスし、自由に情報が組織を流れるようにするということは、情報を遮断したり、情報を管理することを止めることだからです。そうなると、より不確実で、カオスといってよい状況が生まれることでしょう。しかし、そのような状態から新しい情報も常に生成されます。そのような中で、組織の生存、進化、発展にとって意味のある情報がくみ取られ、それによって組織の自己組織化プロセスが促されていくためには、自分は何者なのかという自己が確立されている必要があるからです。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版

ニューサイエンスに学ぶ組織論2:生命体的組織観と自己組織化プロセス

ウィートリー(2009)は、私たちが組織や組織のマネジメントのためにニューサイエンスの成果から何を学ぶことができるのかについて、生物学、物理学、化学、そして複数の分野にまたがる進化論やカオス理論といった分野で蓄積が進んでいる知識を紹介しながら解説しています。今回は、古典的な力学が想定する無機質な機械のように組織を捉えるのではなく、ニューサイエンスが新たな知見を生み出しつつある有機的な生命体のように組織を捉える見方について考えてみましょう。機械も生命体も活動する物体ですが、閉鎖系としての機械と開放系としての生命体を比較するならば、活動し続けるメカニズムが全く異なることに気づくことでしょう。

 

そもそも私たちは、組織のマネジメントにおいて、不安定性を嫌い、秩序を維持し、安定性に活動することを可能にするようなマネジメントを目指しがちかもしれません。しかしこれは、組織を機械のように見立てた考え方が色濃く反映されており、古典的な物理学における熱力学第二法則で言うところの「平衡状態」に向かっていくようなプロセスだと言えそうです。平衡状態はある意味安定した状態ではあるのですが、古典的な物理学が想定している閉鎖系の進化の最終状態、すなわちシステムが変化する力を使い果たし、仕事を終え、生産力を無駄なエントロピーに散逸させてしまった状態、すなわち死の状態だと考えられるとウィートリーは指摘します。

 

ただ、熱力学第二法則は、機械のような孤立した閉鎖系にのみ当てはまる法則だと考えられます。そして、熱力学第二法則に逆らうようなプロセスを維持しているものに「生命体」があります。ニューサイエンスに基づく組織論は、このように、組織を生命体として見ることの重要性を示唆します。どういうことかというと、機械のような閉鎖系と異なり、生きているものは全て開放系であって、環境と関わり、成長し、進化し続けるという特徴を持っているということです。機械が安定した秩序を保っている代わりに環境変化に対して自分では対処できないのに対し、生命体は常に柔軟性と弾力性を維持することで環境に適応していきます。

 

このような柔軟かつ弾力的に環境に適応することで生命を維持するといったプロセスを理解する際に有用なのが、「非平衡」という状態すなわち不安定な状態の理解と「自己組織化」というプロセスです。これらの特徴の理解によって、生命を持った生き物がなぜ環境に適応しつつ生命を維持することができるのかの理解が深まり、その理解を、組織を生命を持った生き物になぞらえて考えることによって効果的な組織マネジメントに応用することが可能だと考えられます。

 

まず理解しておくべき重要なのが、生命体は、非平衡を保つことによって長期的な秩序を維持しているということです。生物学的に言えば、平衡状態になることが死を意味するのに対して、非平衡状態を維持することが生きることを意味します。そして、プリゴジン散逸構造、自己組織化能力の研究は、開放系のシステムがいかに非平衡を利用して衰退を避けるかの理解を可能にしました。システムが、有用なエネルギーとエントロピーを交換して、新しいエネルギーを内に取り込むというプロセスが存在するということなのです。

 

開放系では、生存能力を維持するために、システムが変化し、成長できるように自分自身のバランスを崩し、非平衡の状態を保ちます。これが自己組織化です。環境との開かれた交流に参加し、自分自身の成長のためにそこにあるものを利用します。その際に鍵となるのが、フィードバックの概念です。システムの状態を監視して、何か逸脱があればそれを修正して戻すというのが負のフィードバックであるのに対して、何か新しいものに気づき、それを変化させなければいけないというメッセージに増強させるような働きが正のフィードバックです。正のフィードバックループは、生命が環境に適応し、変化したするために不可欠な能力なのです。

 

正のフィードバックと非平衡、つまり不安定な状態がシステムの進化を促す役割を果たすのです。プリコジンはこれを散逸構造と呼びましたが、あらゆる生命は散逸構造をとっています。システムが環境に対して開かれていて、物質とエネルギーが交換され続ける限り、システムは平衡状態を回避し、「つかの間の構造」のままで「絶妙に秩序立てられた振る舞い」を見せるのです。つまり、開放系としての生命体は、環境との相互交流を通して常に自分自身を作りかえながら生き続けています。そのプロセスで命あるものはすべて、変化を受容する世界でバランスを崩しながら生きています。そして、あらゆる生命が自己組織化しているのです。

 

では、組織を生命体になぞらえ、そして自己組織化する開放システムであると考えることを、どのように組織マネジメントに活かすことができるでしょうか。自己組織化システムのいくつかの特徴に照らし合わせて考えてみましょう。まず、自己組織化システムは、柔軟で環境に対して開放的であるということです。機械のような堅牢な組織を作ろうとするのではなく、不安定さを受け入れ、変化を恐れないことです。そのために、自己組織化する生命体は、自分が何者で、何を必要とし、自分を取り巻く環境で何が要求されているのかをはっきりと知っていることが必要です。組織でいえば、存在意義としてのパーパスやアイデンティティが明確になっているということだと言えましょう。

 

次に、あらゆる自己組織化するシステムが有しているのは、自己準拠のプロセスであり、オートポイエイシスと呼ばれるものです。これは、環境が変わり、自分も変わる必要があるとシステムが気づく時、自己矛盾がないように自己を維持し、自己を創出することに専心するプロセスです。このことからも、組織が自分達が何者で、なぜ存在しているのかに関するアイデンティティやパーパスを確立していることが重要であるということに気づきます。アイデンティティやパーパスが明確な組織は、環境変化に対しては自己準拠プロセスを通じて聡明に対応できると言えましょう。

 

さらに、自己組織化システムは、長期に安定していると言えます。逆説的ですが、システム全体で起きているたくさんの部分的な変化と不安定の存在によって、長期的な安定が維持されるのです。ですから、組織マネジメントにおいては、変化を恐れる必要はなく、絶え間ない変化の中で自己組織化を促し、学習し、進化を志向すればよいということになります。組織内における秩序と自由、存在と生成など、一見矛盾するようなパラドクスが、渦を巻いて一体化し創造という螺旋模様を描くことで安定的に維持できるのです。

 

静止、バランス、平衡というものが組織にあったとしても、これらは一時的な状態にすぎず、持続するのはダイナミックなプロセス、適応のプロセス、創造のプロセスなのです。ですから、安定して作動する機械のような組織を作ることは、逆に環境適応力を失い、生命力を弱めます。むしろ、強い生命力を持った組織を作り、維持するためのマネジメントを実践するためには、自己組織化システムの生存能力と弾力性、すなわち必要に応じて適応し、その時に合った構造を創造する高い能力を発揮するようなプロセスを志向することが求められると言えましょう。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版

ニューサイエンスに学ぶ組織論1:量子力学的組織観と場の理論

私たちが組織を理解しようとするとき、例えばピラミッド構造の組織図をイメージするなど、部品からなる機械として捉えがちですし、組織をマネジメントしようとする際にも、組織を要素や機能に分解して問題のある箇所を見つけ、それを解決しようとしがちです。しかしこれは、私たちの世界観が、まだデカルトニュートンが作り出した機械論的なもの、物事を要素に分解することで理解しようとするアプローチに留まっているからだと言えます。しかし、実際の組織はそのような機械的なアプローチでマネジメントが可能であるわけではなく、もっと流動的で有機的な存在だと感じる人も多くいるのではないでしょうか。そして、もっと全体的かつ動的な視点から組織を理解し、組織をマネジメントすべきでないかと考える人も多いでしょう。

 

そして現代科学の世界では、既にデカルトニュートンの機械論的世界観は過去のものと考えられており、量子力学や生物学、複雑系科学などのニューサイエンスによって描かれる新たな世界観が支配的となっています。ウィートリー(2009)は、このような視点から、私たちがニューサイエンスの成果から、組織や組織のマネジメントのために何を学ぶことができるのかについて、生物学、物理学、化学、そして複数の分野にまたがる進化論やカオス理論といった分野で蓄積が進んでいる知識を紹介しながら、解説しています。機械論的な組織観から脱却し、ニューサイエンスに基づく新たな組織観を手に入れることで、これまでとは異なり、かつ強力な組織のマネジメントの方法を理解することができると思われます。

 

今回は、ウィートリーの著作を参考に、量子力学的な世界観がどう組織論の考え方を変えうるかについて考えてみましょう。まず、量子力学では、この世界の物理的な根源をとことんミクロの視点から理解しようとします。そうすると、この世界の究極の根源となる単位としての素粒子は、粒子であると同時に波であるという二重性を有しており、かつ、その素粒子が他の素粒子と独立しては存在(観察)し得ないという明快な観測事実が立ち現れてきます。つまり、根源的な世界では、世界を機械のように考えた場合のひとつひとつの部品としての「モノ」は存在せず、全てが関係性によって立ち現れてくる「コト」として理解するのが適切になりそうです。すなわち、モノからコトへという世界観の転回です。

 

この量子力学的世界観を組織の理解に適用するならば、組織を、仕事や人といった独立した構成要素によって組み立てられた機械のように捉えるのは古典的な世界観に他なりません。ニューサイエンス、量子力学ではこのような考え方は否定されたと考えるべきでしょう。むしろ、組織というものは、さまざまな関係性によって織り成された現象もしくはプロセスとして、すなわち「コト」として捉えるべきだと思われます。そして、一見するとあたかも「モノ」のようなものが立ち現れてくる源泉は、現代物理学で言うところの「場」の働きによるものです。

 

量子力学における場の理論では、物質の物理的な現れである粒子は、場の副次的な効果であって、2つの場が交わってエネルギーとエネルギーが交わる合流点で一瞬現れるものです。つまり、さまざまな場の絶え間ない相互作用の結果として粒子が現れる。場は非物質的であるが物理的存在なのです。場の理論を用いれば、私たちが普段感じているような「デカルトニュートン力学的な」空間、すなわち虚無で空っぽな空間のイメージは覆されます。つまり、空虚な空間に他とは独立した「モノ」としての粒子が存在しているのではなく、見えない力やエネルギーで満たされ、相互浸透する場が空間を満たしており、そこから「コト」としての物理現象が立ち現れてくると考えるべきなのです。

 

上記の場の考え方を組織の理解に応用するならば、組織をタスクや個人の集合体として見るのではなく、エネルギーが流れる「場」として捉えることの重要性が分かってくるでしょう。つまり、タスクや個人が主役ではなく、組織という「場」が主役であり、その場によるエネルギーの相互作用によってさまざまな組織現象が立ち現れ、そこにタスクや人々もテンポラルな形で立ち現れると捉えることになるでしょう。以前から組織はオープンシステムとして外部環境との資源の出入りが頻繁にあると考えられてきましたので、オープンシステムの考えを使えばイメージはしやすいかもしれません。つまり、常にタスクや資源や人々は外部から組織に流入し、組織から流出するといったような流れや継続的変化があるわけですが、それにも関わらず、場としての組織は存在し続けるわけです。

 

ではなぜ、万物変化のプロセスの中で、組織という場が存在し続けるのかというならば、そこにはパーパスやビジョンが浸透し、充満しているからだと考えても良いかもしれません。パーパス経営でも主張されるように、企業の存在価値としてのパーパスやビジョンが、場としての組織にさまざまな関係性に織り成される形で充満するエネルギーの源泉であり、現象として目に見える人々の動き、タスクの遂行、組織のアクションといった「コト」は、そのエネルギーと関係性によってもたらされるものと考えられるでしょう。つまり、組織を、さまざまな関係性を織り込んだ「場」と、そこを流れる「エネルギー」に着目しながら、ダイナミックなプロセスとして理解することが重要であることをニューサイエンスは教えてくれるのです。

参考文献

マーガレット・J・ウィートリー 2009「リーダーシップとニューサイエンス」英治出版

異なる価値観を持つメンバーを束ねて組織の一体感を作り出す方法

パーパス経営を実践していくうえでカギとなるのが、組織メンバー全体に組織のパーパス、理念、ミッションなどが浸透し、組織メンバーが一丸となってその実現にむけて情熱を傾けられるような一体感、連帯感、帰属意識を醸成し、維持することだと考えられます。しかし、組織の中において異なる価値観を持つメンバーが混在しているようなケースでは、それには困難が伴うことが予想されます。場合によっては組織が異なる価値観を有するグループ間で分断され、組織内対立が激化してしまうかもしれません。

 

例えば、近年注目されている「両利きの組織」を実現しようとしたとしましょう。この組織では、既存事業の「深堀り」(exploit)と新しい事業機会の「探索」(explore)を同時に追求していこうとすることから、安定志向で確実性、地道な改善などを志向する人々と、リスク追求的で試行錯誤を重視し、クリエイティビティやイノベーションを志向する人々が組織に共存することになります。これらの人々が1つのアイデンティティを共有することで組織としての一体感をつくりあげることはできるでしょうか。

 

この点に関してBesharov (2014)は、組織内において異なる価値観を有する人々が相互作用することから共通したアイデンティティが醸成されていくプロセスに着目し、組織としての一体感を作り出すためには、トップダウンによるパーパスや理念の浸透と、ボトムアップによる異なる価値観をもった人々の相互作用から湧き上がってくるアイデンティティの両方のプロセスが作用することが重要であることを示しました。そして、このようなプロセスがうまくいくかどうかを左右する要因として、マネジャーによる、経営理念や価値観の翻訳と異なる価値観をうまく擦り合わせて統合していくようなプロセスを特定しました。

 

具体的にいうと、Besharovは、環境やサステナビリティ、人々の健康という社会的ミッションを追求する価値観と、企業としての財務的利益を追求する価値観が共存する小売業に対する質的研究を実施し、以下のような発見を得ました。まず、この会社のメンバーは4つのタイプに分類されました。環境や健康といった社会的価値を重視するメンバー、企業利益といった財務価値を重視するメンバー、社会的価値と財務価値の両方を重視するメンバー、どちらにも無関心なメンバーです。それぞれのメンバーがそれぞれの価値観に沿った行動をとるので、組織内対立が顕在化する可能性が十分あったのです。

 

しかし、4つの異なるメンバータイプのうち、両方の価値観を同時に重視するメンバー、とりわけそのようなマネジャーが、異なる価値観を有するメンバー間の接着剤的な役割を果たし、異なる価値観を有していながらも一体感を経験できるようなアイデンティフィケーションを実現することに貢献する素地があることがわかりました。具体的にそのようなマネジャーが何をしたかというと、まずは、(1)両方の価値観をともに追求できるような業務のあり方や商品開発(例、環境にやさしくかつ利益が出せる商品)の工夫を行ったことが挙げられます。

 

つぎに、業務を推進する際に(2)イデオロギーあるいは「あるべき論」の議論に陥らないよう、中立的な議論や行動をするように努めたことが挙げられます。つまり、「あるべき論」の議論をすることで意見対立などに発展させることを抑えつつ、異なる立場のメンバーからの提案や意見の折り合いがうまくつくような解決策を中立的に探っていったということです。しかしその一方で、(3)マネジャーは、業務推進の際に、組織の公式なポリシーを導入することで、イデオロギーもしくは「あるべき論」をシンボリックにルーチン化することを推進したのです。

 

両方の価値観を重視するマネジャーによる上記に挙げたような3つの方法(統合的解決、イデオロギーの消去、イデオロギーのルーチン化)により、異なる価値観を持つメンバー間での一体感、すなわち組織へのアイデンティフィケーションが醸成されたことがBesharovの研究では明らかになりました。なぜ3つの方法によって組織メンバーのアイデンティフィケーションの醸成が実現できたかというと、以下のようなメカニズムが考えられます。

 

まず、統合的解決策の推進により、異なる価値観を持っているメンバーであっても、自分たちの価値観が尊重され生かされていることが実感できたこと、次に、イデオロギーの消去により、自分の価値観と合わない議論を直接耳にしたり議論することの不快感を抑えられたこと、同時に、イデオロギーのルーチン化により、自分の価値観と合う場合にはそれに同意して自分のアイデンティティを確認できたのと同時に、自分と異なる価値観からも影響をうけ、アイデンティティの収束プロセスが見られたことが挙げられます。

 

Besharovの研究は、異なる価値観を同時に重視することができるマネジャーが、いわゆる両利き的なマネジメントあるいはパラドクスを認識、受容し、それを活かすようなマネジメントを行うならば、異なる価値観をもったメンバーが共存するような組織においても、組織全体としての一体感、連帯感、帰属意識を醸成することにつながるのだということを明らかにしたといえましょう。

参考文献

Besharov, M. L. (2014). The relational ecology of identification: How organizational identification emerges when individuals hold divergent values. Academy of Management Journal, 57(5), 1485-1512.