量子論をベースとする新しい組織マネジメントとは

今回は、量子論をベースとする新しい組織マネジメント論の可能性について考えてみたいと思います。これは、量子力学に代表される量子論が提案する新しい世界の存在の理解や、その認識の理解に基づいて、組織現象の存在や認識について考えてみようとするものです。そうすることで、伝統的な組織論や伝統的な組織マネジメントの考え方とは異なる見解が導き出されるのかどうか、そして、新しい見解が導き出されるのであれば、それは本当に組織のマネジメントに役立つのかどうかを検討していきます。具体的には、HahnとKnight (2021)が紹介する量子論をベースとする存在論的な議論を参考にしながら説明をしていきたいと思います。

 

私達をとりまく物質世界の根源的な姿を解明しようとするのが量子論です。根源的な姿というのは、物質(=モノ)を分割不可能なレベルにまで微小化した場合、それを量子とか素粒子と呼ぶならば、それはどのように存在し、どのように認識可能であり、そしてどのように振る舞うのか、それを理解することができれば、物質世界は全て素粒子からできているので、私達の物質世界全体も理解することが可能だというわけです。量子論の世界では、私達が直感的に想像するように、物質が限りなく永遠に微小に分割されつづけることが可能だと考えません。量子論の大胆な解釈を試みるならば、微小な世界では、物質としてのモノが、それを取り囲む時空とか、現象としてのコトと混ざり合っており不可分な状態となっているからです。だから、モノのみがそれ以外から独立してどんどん分割されていくという考えが成り立たないのです。

 

量子論では、私達が持っている素朴な直感や論理では理解し難い物理現象の記述が展開されます。例えば、私達の直感と論理では、「光」や「電子」は、それらの性質を考えるならば、粒子か波かのどちらかである可能性はあるが、粒子であって同時に波でもあるというロジックは成り立ちません。しかし、量子論では、素粒子は粒子であると同時に波であると考えます。矛盾しているというか論理的に破綻さえしているように見えますが、数式で表されるこの見解が私達が観測する微小な世界の振る舞いをもっとも的確に説明します。よって、量子論の考え方を、物事の存在やその認識のあり方を理解するための新しいパラダイムとするならば、すなわちこの世界を成立せしめている根本原理だと考えるのであれば、この考え方を量子論以外の学問に展開していける可能性もあるということになります。

 

では、HahnとKnightがどのように量子論を組織現象の理解に適用しようとしているのかを見ていくことにしましょう。まずHahnとKnightは、量子論のうち3つの原理を組織現象の理解に応用しようとしています。それは、量子論における(1)重ね合わせの原理、(2)観測の効果、(3)量子もつれと非局所相関です。それぞれの詳細な説明は膨大な量子論の解説書に譲るとして、ごく簡単に説明するならば、(1)重ね合わせの原理は、異なる状態が重なっているという原理で、「シュレディンガーの猫」の思考実験でも使われた「猫が死んでいる状態と生きている状態の両方が重なっている」というようなイメージです。直感的にはありえないですが量子論の世界ではそうなっているということです。(2)観測の効果は、異なる状態が重ね合わさっている状態の時にはどちらなのかが確率的にしかわからないが、いったん観測すると1つに確定してしまい、もはや確率的ではなくなる(収縮する)ということです。(3)量子もつれと非局所相関は、量子同士がたとえ離れていても関連していて、片方の量子の重ね合わせ状態が観測によって確定すると、もう片方の量子の重ね合わせ状態も確定してしまうというものです。

 

HahnとKnightは、社会的企業を例に引いて、社会貢献と利益追求の2つの相反する特徴は本当に存在しているのか、それをどう組織のメンバーが認識するのかについての事例に上記の3つの量子論の原理を当てはめることで、新たな見解を説明しています。彼らの問題意識は次のようなものです。社会的企業というのは特殊な組織であり、社会への貢献と、利益の追求という本源的に対立するものを同時追求している。資本主義社会の中ではこの2つは両方とも重要だが、同時追求することは難しい。当然、社会的企業のメンバーは、日々そのことに悪戦苦闘しているはずだ。しかし、インタビューなどで調査をしてみると意外と、そのようなジレンマやトレードオフあるいは「パラドクス」を感じていなかったりする。それはなぜだろうか、というものです。

 

HahnとKnightは、2つの考え方を比較検討します。1つ目は実在論で、社会貢献と利益追求のパラドクスは、メンバーが気づこうと気づかなかろうと、社会的企業である以上はそのビジネス構造として、あるいは内在的に組織に組み込まれている実在である。だから、パラドクスを知覚していないメンバーは、内在しているパラドクスに気づいていないだけである。2つ目は構築主義で、そのパラドクスは、そのメンバーが共通了解によって作り上げる現実だから、元々存在しているわけではないし、社会的企業のビジネス構造に由来するものでも、組織に内在した特徴でもない。この2つの考え方は、パラドクスの存在のあり方をめぐって対立しているので並び立ちません。なので、どちらかが正しいのだろうと思いがちですが、どちらを正しい考え方だと選択するかで組織マネジメント実践の含意が変わってしまいますし、組織メンバーに対する助言のあり方も変わってしまいます。

 

実在論の立場に立てば、組織のメンバーがパラドクスを認識していなくともパラドクスの状態は組織に内在しているので、組織マネジメントはその影響を受けることになる。だから、その組織は、本人たちが理解不能な問題に直面してしまうかもしれない。だから、助言をするならば、社会的企業の組織は、社会貢献と利益追求のパラドクスに気づき、それを受容し、それに対応することが、効果的な組織マネジメントにつながるということになるでしょう。一方、構築主義の考え方に沿えば、初めからその組織にパラドクスが存在しているわけではないのだから、本人たちが認識していなければ影響を受けるも受けないもないということになります。だから、本人たちが社会貢献と利益追求のパラドクスを認識していないのであれば、その状態で組織マネジメントをしても問題がないことになります。逆に、本人たちが、そこにパラドクスがあると認識し出すと、パラドクスが社会的に構築され存在するようになりますから、今度は逆にそれが組織マネジメントをやりにくくしてしまう可能性すらあるでしょう。だから、本人たちがパラドクスを知覚することなく効果的な組織マネジメントを実践しているのなら、あえてパラドクスに目を向けさせるような助言は無用ということになります。

 

社会貢献と利益追求のパラドクスの存在についてどちらの立場を取るかで、組織マネジメントのあり方や助言も変わってくる。これは困ったということになるわけですが、ここでHahnとKnightは量子論の3つの原理を登場させることでこの問題に対応しようとするのです。まず、重ね合わせの原理を用いて、メンバーがパラドクスを知覚していない段階では、「社会貢献と利益追求のパラドクスは、その存在と非存在が重なり合っており不確定状態にある」とします。別の言い方をすれば、そのパラドクスが存在する可能性と、存在しない可能性が確率的に共存しているということです。そして、観測の効果の原理を用いると、組織のメンバーが、何らかの方法でパラドクスの存在を知覚した場合、そのパラドクスの存在が確定し、パラドクスは存在しないと考えた場合、非存在が確定するのだと論じます。そのどちらかになるかは、その時に組織が置かれている状況や文脈によって異なってくるとHahnとKnightはいいます。例えば、急に景気が後退し、それまでうまくいっていたビジネスに暗雲が立ち込めたときにパラドクスが顕在化してくるといった感じです。

 

そして、量子もつれと非局所相関の原理を用いることで次のように予測します。組織のメンバーが、社会貢献と利益追求のパラドクスを知覚すると、そのパラドクスの存在が確定し、それと関連するさまざまな組織内の問題も同時に確定し、存在するようになる。逆に、組織メンバーが、そのパラドクスを知覚しないと、そのパラドクスが存在しないことが確定し、それに関連する組織内の問題も存在しないことが確定する。例えば、社会貢献と利益追求のパラドクスが顕在化してくると、それと連動して、既存のビジネスを回していくのと同時に、新しいビジネスを探索して見つけていくことの両方を追求することが必要となってくる、すなわち両利きの経営というパラドクスの必要性も顕在化してくるといった具合です。大事なのは、量子論的な視点に立つと、これらの様々かつ連動して顕在化してくるパラドクスは、以前は存在していなかったのではなく、以前から潜在的に存在していた(確率的にのみ存在している)といえるということです。

 

さて、社会的企業における社会貢献と利益追求のパラドクスの存在のあり方、認識のあり方を事例として展開されたHahnとKnightによる量子論的な組織論の基本的なロジックが分かったところで、これがどう組織マネジメントの実践に新たな見解をもたらすのか。HahnとKnightの考察を参考にして考えてみましょう。まず大事なのは、組織マネジメントの実践においては、様々な事象が起こる確率と起こらない確率が重なり合わさっている状態が存在するということを知ることの大切さです。これは、何らかの出来事や問題がどこからか突然現れるのではなく、すでに潜在的に存在しており、ある状況、ある条件の下でそれが顕在化する可能性があるということです。それが顕在化すると、今度はそれに連動した別の出来事や問題も顕在化していく可能性もあります。これらはすべて、潜在的に組織に内在していると考えるのです。それに気づくことが、いろんな出来事が顕在化した時にどうすればよいのかの準備をする余裕を作り出すことにつながるのだといえましょう。

 

では、どうすれば上記のような様々な組織マネジメント上で起こりうる出来事の潜在性を知ることができるのでしょうか。1つ考えられるのが、マネジャーや組織のメンバーが想像力を豊かにして、いろいろな可能性を想像してみることだと言えましょう。より具体的な経営手法でいうならば、起こり得る複数のシナリオを想像してみるシナリオプランニングが類似していると言えます。想像力を駆使して検討した結果、起こり得るいろいろなシナリオが特定されたとしても、それらのシナリオは、ある生起確率をもった潜在的な未来として、すでに組織内に内在していると考えられるわけです。それらのうちのどれかが起こったら、他のシナリオはそこで消えます。すなわち可能性の収縮が起こります。組織マネジメントは超短期的な視点から、このようなシナリオプランニングの繰り返しを行うことで、組織に内在している潜在的な可能性に築き、それが良いものであるならば、それが起こったときに最大限活用できるよう、それが悪いものであるならば、それが起こったときに損害を最小化できるよう、準備をしながら組織マネジメントを実践していくことが重要だという見解につながりそうです。これは以前にも紹介した「量子論に学ぶ組織変革」とも通じる見解です。

参考文献

Hahn, T., & Knight, E. (2021). The ontology of organizational paradox: A quantum approach. Academy of Management Review, 46(2), 362-384.

 

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