成果主義へのシフトを読み解く

企業の人事管理は、従業員と組織がお互いに与え合う交換関係(Employee-organization relationship: EOR)のあり方を規定する仕組みであると考えることはいろいろと役に立ちます。


この枠組みを用いて、日本で見られた年功的人事運用から成果主義人事へのシフトを読み解いてみましょう。伝統的な日本的人事は、相互投資型モデル(Mutual-investment)だと考えられます。従業員と組織がそれぞれお互いに多くの時間とコストを相手に投資し、長期的に深く関わりあう関係です。企業は、従業員に対して、メンバーシップ雇用の一環として長期安定雇用、手厚い給与や福利厚生、多くの教育投資を行い、その見返りとして、従業員は、忠誠心をもって、企業内のさまざまな業務を状況に応じて役割分担しながら柔軟にこなしていくというスタイルです。


年功的人事運用といっても、まったく年功的であるわけでなく、従業員の貢献度合いに応じた処遇が施されます。ただしそれは、長期的に見て、従業員の貢献と企業からの処遇がバランスをとるようなかたちで行われるのです。そもそも明確なジョブが存在しないので、短期的に個人業績を把握するのが困難です。よって、長期雇用のもと、長い間かけて、たくさんの上司によって、本人の実力や貢献を把握していくのです。


それに対し、近年に見られた成果主義への意向というのは、この相互投資型モデルから、いわゆるマーケット志向モデルあるいは擬似スポット契約モデル(quasi-spot contracts)へのシフトを意味しています。これは、個人が担当するジョブを明確に定義し、ジョブの遂行と賃金などの経済的資源の交換関係を中心とする関係性です。ジョブを明確に定義すれば、短期的に業績を測定できるので、その短期的業績に応じて給与などの処遇を変えれば成果主義に近くなります。マーケット志向に移行すればするほど、与え合う関係を短期的に清算し、洗替えするような形になります。従業員と組織の関係は、制度上は長期雇用でも、毎年契約を更新していくようなイメージなのです。なぜなら、どちらかが要求する貢献ができなくなったら、企業側は退職を勧奨し、従業員側は自発的に転職するというように、お互いに離れていきやすくできるからです。経済的利益にのみ基づいて関係を形成したり解消したりするのは、まさにマーケット志向です。日本では中途採用の市場が未成熟なので、そこまで過剰なマーケット志向にはならないのですが、基本的に成果主義は、ジョブ志向、個別的人事管理、短期志向、パフォーマンス志向ということになるのです。


企業の人事管理が成果主義志向になるということは、伝統的な年功的運用に見られたように従業員と企業がお互いにべったりと関わりあうという関係を捨て、明確なジョブの範囲内で、業績に応じて報酬を受け取るという、経済的資源の交換を中心としたドライな関係であるということも言えそうです。そもそもマーケット至上主義とは、アダムスミスの「見えざる手」にも象徴されるように、お互いが自分の利益の最大化のみを考えて、一定のルールにもとで自己中心的に行動しても全体としてうまく調和するという考えで、相手のことを思いやるとか、お互いに深く関わりあうという関係を想定していないのです。