社会的交換理論で人事管理を読み解く

従業員と組織がお互いに与え合う交換関係(Employee-organization relationship: EOR)の理論的基盤にもなっているものに、社会的交換理論(Social exchange theory)があります。今回は、社会的交換理論でも議論される、経済的交換関係(Economic exchange relationship)と、社会的交換関係(social exchange relationship)の違いに注目しながら、人事管理の特徴や成果主義へのシフトについて読み解いていきましょう。


経済的交換関係というのは、例えば、特定の職務を遂行する見返りに、その職務の価値に見合った金銭的報酬を得るというような経済的な資源の交換関係をさします。経済的交換関係の特徴は、交換しあうものが経済的に価格付けできるということです。職務に応じた賃金や、成果に応じた報酬というのは、理論的には、職務や成果が金額換算できるという前提に成り立っているわけです。


成果主義において、成果をあげただけ報酬がアップするという面が強調される場合、そこには、成果が適正に価格付けされ、それに見合った報酬が支払われるという前提があり、その交換バランスが守られている場合に、その成果主義は公正な仕組みだという解釈がなされるでしょう。経済的交換関係を促進するのは、経済的利益を最大化したいという個人のモチベーションでしょう。相手を思いやるなどの考えは抜きに、自分が与える労働と同じ価値の(あるいはそれを上回る)経済的価値を持った報酬と交換できる関係を築けるかどうかが重要な判断基準となるわけです。


経済的交換関係は、いちど資源が交換されたらそこでいったん清算されて振り出しにもどり、また新たな経済的交換がなされることの繰り返しになります。毎日駄菓子屋に行ってお菓子を買う、お店とお客さんのような関係です。成果主義やマーケット志向の人事制度との親和性が高いといえましょう。ただ、毎日駄菓子屋に通うお客さんとお店の人が、たんなる商売の取引レベルを超えて仲良くなっていくのは、次に述べる社会的交換によるものです。


社会的交換関係というのは、非金銭的・非経済的なものを交換しあう関係です。例えば、相手が自分を思いやってくれれば、こちらも相手を気にかけるというのは社会的交換です。相手が自分を尊敬し、大切に扱ってくれれば自分も相手を尊敬し、大切に扱う。相手が自分を好いてくれれば、自分も相手を好きになる、相手が自分を守ってくれれば、自分も相手を守る、などの関係です。


このような社会的交換関係が、経済的交換関係と違うのは、交換関係を促進する要素が、「相手の好意に報いよう、または報いるべき」という義務感や義理人情のようなものに基づいていることと、交換されるものの経済的な価格付けが困難だということです。義理人情や感謝に基づく社会的交換の場合、相手が自分にしてくれた価値と同じ価値のお返しをしてそれでおしまいにしようというモチベーションではなく、相手がしてくれた以上のお礼をしよう、という気持ちになります。相手も同じで、自分がしたことに対して、それを倍にして返すなんてこともあります。また、すぐにお返ししなくても、恩をずっと覚えていてくれており、ほんとうに困ったときに救ってくれるということもありましょう。ですから、一回きりの交換でいったん終了、振り出しにもどるというようなプロセスではなく、相手から良くされたら感謝してこちらもお返しをする、そしたら相手もそれに感謝してまたお返しをしてくれる、というように、交換関係が長期的な繰り返しプロセスになるということです。それを通じて、お互いが深くつながっていき、その過程で相手への信頼や感情的な結びつきが強化されるというのが特徴なのです。


このように、交換には、経済的交換と社会的交換がありますが、従業員と企業との関係、あるいはそれに影響をあたえる企業の人事管理には、どちらの種類の交換も含まれた関係を促すようになっているといえましょう。ただし、人事制度の違いによって、どちらにウエイトが強くおかれているかが異なってくるわけです。


おそらく、成果主義やマーケット志向の人事管理は、社会的交換よりも経済的交換のほうに重きを置いているように思われます。成果主義やマーケット志向が強い会社の場合、公正なかたちでの経済的関係を実現させることによって業績を高めようとする一方で、社会的交換を促進する意図が少ないので、従業員と企業との関係が、短期的な経済的交換関係を中心とした、悪く言えばドライ、よく言えば大人の関係になるといえましょう。


一方、伝統的な長期雇用、年功型人事運用の場合、経済的交換もさることながら、社会的交換関係の構築に重点を置く人事管理だと考えられます。職務遂行と賃金などの金銭的な報酬のやり取りで終わらず、メンバーシップ雇用のもと、組織の一員として、従業員の長期的な福利や生活までも含めるかたちで企業が気遣い、従業員はその恩として、お互いの助け合いを含め、企業への忠誠を誓うというような構図は、長期的に企業と個人がむすびつく社会的交換関係の特徴をあらわしています。このような関係は、よく言えば、深い絆で結ばれた関係ともいえるし、悪く言えば、時には甘えも許されるウエットな関係だといえましょう。

文献

Cropanzano, R., & Mitchell, M. S (2005).Social exchange theory: An interdisciplinary review. Journal of Management, 31, 874-900.