「学校から職場へのスムーズな移行」の本質

わが国では、少なくとも1990年ごろまでは、新卒一括採用による「学校から職場へのスムーズな移行」が雇用の特徴とされてきました。大企業を中心に、毎年4月入社の学卒新入社員を職務を特定することなく一括採用することによって、学生にとってみれば、学校を卒業してから即座に会社で働くことができるというものです。


このシステムが日本企業が持つ世界的に見てもユニークな特徴に与えた影響は大きいと思われます。どのような特徴があるか、少しまとめてみましょう。まずは、「スムーズな移行」が意味しているように、学校社会が持っている風土や文化を、そのまま企業の職場風土、組織文化として継承されてきたということが挙げられます。中学三年生を終われば高校一年生、高校三年生を終われば大学一年生、のように進んで、大学四年生が終われば就職一年生(入社一年目)、というように、学年意識が企業社会にそのまま移植されました。よって「同期入社組」は特別な意味をもち、学校生活や課外活動でもそうであったように、先輩後輩の区別が重要となりました。さらに重要なのは、校則に基づいて教師が生徒を監視するという構図が、企業において就業規則に基づいて管理者が平社員を監視するという構図に転写されたことです。


また、小中高における「クラス替え」も、とりわけ大企業における人事異動、配置転換に引き継がれているように見えます。同じメンバーを何年も固定することの弊害を取り除きつつ、適度に生徒や社員をシャッフルすることによって、組織全体の人材交流を深めようという働きです。また、学校社会が職場社会に移行されたことによって、ネガティブな面も引き継がれているように思えます。例えば、学校でいうところの「いじめ」については、職場においても、子供じみたものではないにせよ、似たような現象が見られると思われます。また、生徒が先生に「チクる」という行動も、企業においても、出世やライバルを蹴落とす手段として用いられるようです。


このように見ていくと、職場社会は、どちらかというと小中高の管理教育型の学校社会が移行したようで、学生生活に自由が多い大学の場合はやや特殊な気がするかもしれません。それはおそらく、大学生としての期間が「モラトリアム」であって、4年間の夏休みのようなものであると捉えられていたからかもしれません。生徒が夏休みのときだけは先生の監視を逃れて羽を伸ばしてきたのと同じように、大学の4年間は思いっきり羽を伸ばしてまた小中高の学校社会のような場所(=職場社会)に戻っていくようなイメージかもしれません。また、新卒一括採用による「学校から職場へのスムーズな移行」の形成期にはまだ大学進学率も低く、大卒は一部の幹部候補生すなわちエリートであったがために、学校でいうところの「前へならえ」「右向け右」型の監視対象となる一般社員に比べるとやや例外が許された存在として見られていたのかもしれません。