「嫉妬」の組織行動学

これまでの組織行動学では、「嫉妬」についてあまり研究がなされてきませんでした。しかし、仕事をしていくうえで、あるいは職場や組織のマネジメントにおいて「嫉妬」はしばしば起こりうるものであり、かつ「嫉妬」は職場の生産性やチームワークなどに大きな影響を及ぼすと考えられます。「嫉妬」をどうマネジメントするかは、組織の生産性を高めるうえでも重要なわけです。そこで今回は、Tai, Narayanan & McAllister (2012)による「嫉妬」の統合モデルを紹介します。


まずTaiらは、「嫉妬」を「他人の幸福によって感じる痛みを伴う感情」だと定義します。ポイントは、嫉妬は痛みを伴う感情であり、人間は基本的に痛みを避けようとするため、嫉妬が生じればその痛みを解消するために人はさまざまな行動に出るということです。また、一般的に「嫉妬」はネガティブなもので、嫉妬した本人は、嫉妬対象に対して敵対心を持ち、本人を貶めようとしたりすると考えられがちです。そのため、嫉妬は個人にとっても組織にとっても好ましくないものだと捉えがちです。しかしTaiらは、嫉妬はネガティブな結果のみならずポジティブな結果を生む可能性についても指摘します。例えば、嫉妬をバネにしてより努力し、高い成果を生み出すような場合です。つまり、嫉妬には「悪性の嫉妬」もあれば「良性の嫉妬」もあるというのです。


Taiらは、むしろ嫉妬がネガティブな結果を生むか、ポジティブな結果を生むかは状況に左右されると論じます。人は嫉妬から自分に対する危機感を感じれば、自分自身を守ろうとして敵対行動などのネガティブな行動をとりがちです。それは本人にとっても組織にとっても好ましくありません。逆に、嫉妬がポジティブな意味で自分に対するチャレンジだと捉えれば、それを機会に自己研鑽を図るという意味でポジティブな行動をとるでしょう。この場合は本人にとっても組織にとっても好ましい結果を生む可能性が高まります。そこから、Taiらは、「中核的自己評価」「嫉妬対象の人柄知覚」「組織サポート知覚」の3つの状況適合変数を用いたモデルを構築しました。


中核的自己評価は、どれだけ自分自身を高く評価しているかの度合いです。中核的自己評価の高い人は基本的に自信に満ち溢れ、精神も安定しているため、嫉妬を感じたとしても、それを建設的かつポジティブに受け止めることができるタイプです。彼らにとっては、危機感やチャレンジは自分を成長させる良い機会だと捉えることもできます。よって、中核的自己評価の高い人は、より「良性」の嫉妬を抱きやすく、嫉妬がポジティブな行動を生む可能性が高いと考えられます。逆に中核的自己評価の低い人は、もともと自信に欠け神経質な側面を持っているため、嫉妬を自分に対する危機だと感じ、ネガティブな行動につながりやすいと考えられます。


嫉妬対象の人柄知覚も、嫉妬が良性になるか悪性になるかに影響を与えると考えられます。嫉妬対象となる人の人柄が暖いすなわち「ナイス・パーソン」「いい人」であり、かつ有能な人であると感じれば、嫉妬を感じる側も嫉妬対象に対して敵対心を燃やすというよりはむしろ、彼(女)を敬服し尊敬することでしょう。そうであれば、より彼(女)に対して協力的になったり、彼(女)の良いところを真摯に学ぼうとしたりするなど、ポジティブな行動や結果につながると考えられます。逆に、嫉妬対象の人柄が冷たく、かつ能力的にもたいして優れていないと感じる場合には、「なぜあいつが」という感情を生み、ネガティブな行動につながりやすいと考えられます。


さらに、組織からのサポート知覚も重要だと考えられます。組織サポート知覚は、自分自身が組織から大切に扱われサポートされているという知覚です。組織サポート知覚が高ければ、組織は基本的に自分を尊重してくれており、かつメンバーをフェアに扱っていると感じているので、たとえ「嫉妬」を感じても、それをバネに努力し、自己研鑽を積んでいけば、自分も組織からより好意的に認めてもらえることを確信できるでしょう。したがって、嫉妬が良性となり、ポジティブな行動につながる可能性が高まると考えられます。逆に、組織サポート知覚が低ければ、自分は組織から大切にされていない、ないがしろにされているといった感情もあるため、嫉妬は組織からの疎外感を高め、自分に対するさらなる危機感を生み出すことでしょう。それは自己防衛反応を誘発し、ネガティブな行動につながる可能性を高めると考えられるのです。

文献

Tai, K., Narayanan, J., & McAllister, D. J. (2012). Envy as pain: Rethinking the nature of envy and its implications for employees and organizations Academy of Management Review, 37, 107–129.