新入社員が酒に溺れ体を壊していくメカニズム

企業に新しく入社する新入社員は、入社前までの「外部の人間」から「会社の一員」になることが期待されます。組織行動論では、新人社員が新しい組織にだんだんと馴染んでいく(適応していく)プロセスを「組織社会化」と呼びます。新入社員が組織に適応し、会社の一員らしくなるということは、その組織の暗黙のルールやカルチャーを学習、会得し、会社の一員として企業業績の向上に貢献していくうえで重要なことだと言われています。また、組織社会化が促進されることは、社員のコミットメントも高まり、離職率も低減されるなど、望ましいことだと考えられています。そして、企業はフォーマルあるいはインフォーマルな手段を用いて、新入社員の組織社会化(組織への適応)を促進しようとします。例えば、新人研修や初任配属でのOJTなどがその一例です。そして、業務終了後に一緒に飲みに行く「飲みにケーション」も新入社員の組織社会化に重要な役割を果たすでしょう。今回は、この「飲みにケーション」に絡む研究を紹介します。


先ほど、新入社員の組織社会化が促進され、従業員の組織への適応度合いが高まっていけば、コミットメントや定着率が増すなどの良い効果があると考えられていることを紹介しました。しかし、組織社会化の促進は良いことばかりなのでしょうか。Liu, Wang, Bamberger, Shim & Bacharach (2014)は、そうは考えませんでした。組織社会化の負の側面に着目したのです。それはどういうことかというと、新入社員は、組織社会化を通じて組織に適応していく過程で、望ましくない行動も学習してしまうということなのです。その一例が、過度な飲酒行動です。アルコールは社会の潤滑油と言われるとおり、ビジネスでの人間関係を円滑にするなどの良い面も多いでしょう。しかし、当然のことながら、過度な飲酒を続けることは、従業員の体を蝕み、長期的には望ましくない結果をもたらすことは明らかです。


Liuらは、中国にある2つの会社の販売およびクライアントサービス部門において、そこで働く新入社員および上司に対して6か月間に3度のサーベイ調査を実施し、新入社員の仕事での飲酒行動および仕事以外も含む飲酒行動がどう変化していったのか、そして、その変化に、職場の雰囲気やクライアントとの関係がどう関わっているのかを分析しました。その結果、次のようなメカニズムが明らかになりました。


まず、職場のベテラン社員たちが、仕事関係で飲酒をすることが多いほど、そして、クライアントとのミーティングなどにおいて飲酒をする頻度が多い職場ほど、そこで働く新入社員は「飲酒をすることがビジネス上望ましいことである、飲酒は組織の利益につながる、飲酒をすることが自分自身の職務成果を高めることにつながる」という信念を強めるということが明らかになりました。そして、実際にその職場で働く新入社員が仕事関係で飲酒する頻度を高めることも確認されました。つまり、新入社員は、「組織の一員として、あるいは組織に適応するために、自分の職務成果を高められるようになりたい」というニーズがあるがために、職場のベテラン社員やクライアントとのミーティングでの飲酒頻度から影響を受け、自分の職場では「飲酒がビジネスにとって重要だ」ということを学習し、その結果、自分自身も積極的に飲酒しようとする行動に出たことになります。


新入社員が単なる「付き合いで」飲酒するだけでなく、それが「ビジネス上望ましい、自分のために好ましい」と信じて飲酒するようになることを示す結果です。また、「飲酒すること」が、その「組織の一員としてふさわしい行動である」というイメージが出来上がっていることも示唆します。そしてさらに、新入社員が「飲酒がビジネスや自分の業績にとって望ましい」と思い、実際のビジネス場面での飲酒頻度が増えるほど、ビジネス以外での飲酒の度合いも高まり、「酔いつぶれる」「酔って記憶をなくす」といった、危険な飲酒行動の頻度を強めていることも分かったのです。アルコールには依存性もあることから、飲酒量が増えていけばだんだんと日常生活でもアルコールに依存していってしまうわけです。つまり、新入社員は、仕事上で飲酒するのみならず、その行動が仕事以外の生活にも波及してしまい、いわゆる「酒浸り」「酒に溺れる」状態になる可能性を秘めていることも示されました。


Liuらの研究は、新入社員が新しい組織に適応していく過程で、仕事上のみならず私生活においても健康上危険な飲酒行動をしてしまうという悪癖を身に着けていくというメカニズムを明らかにしたことになります。研究対象となった社員の危険な飲酒行動が、その職場でのベテラン社員たちの飲酒行動、クライアントの飲酒行動からの影響を受けた結果であるということが統計学的にも有意なかたちで示されたからです。ここでは、新入社員の態度や行動が、組織のベテラン社員の行動だけではなく、組織との付き合いのあるクライアントとの関係からも影響を受けていることが分かります。新入社員は、会社の上司、ベテラン社員、同僚、クライアントなどの職場環境を全体的に把握し、そこから、自分がとるべき態度や行動を学習し、身につけていくものと思われます。Liuらの研究は、組織社会化という現象が、常に組織や個人にとって望ましいものであるという前提に一石を投じるものであるといえましょう。

参考文献

Liu, S., Wang, M., Bamberger, P., Shi, J., & Bacharach, S. (2014). The dark side of socialization: A longitudinal investigation of newcomer alcohol use. Academy of Management Journal, doi: 10.5465/amj.2013.0239.