神経科学が明らかにした2つの「不公平感」の違い

組織行動論における組織的公正研究では、従業員が感じる公正感(フェアネス)には複数の次元があることを指摘してきました。そのうち、とりわけよく研究されてきたのが、分配的公正(結果が公正か否か)と手続き的公正(結果に至るプロセスが公正化か否か)です。この2つが異なる次元のフェアネスであることは様々な研究で示されてきましたが、その違いというのは本質的なものなのか、特に、その違いはそもそも私たちが人間として持っている動物的な特質と関係しているものなのかどうかを知りたいところです。


例えば、経営の実践で最も関心事となるのは、従業員が「それは不公平だ!」と感じたときにどのような反応を示すかでしょう。当然、なんらかのネガティブな結果が予想されるわけですが、それがどのようなネガティブな結果になるのかをあらかじめ予測しておき、なんらかの対策を立てることは組織にとって重要です。「その結果は不公平だ!」と従業員が感じた時と、「その手続きは不公平だ!」と従業員が感じた時とで、ネガティブとはいえ反応の仕方が異なるかもしれません。しかもそこに人間の生物学的な理由があるとすれば、なおさら、その予測は確かなものとなります。


このような研究ニーズを満たしてくれるのが、近年発展の著しい神経科学的な研究技術です。Dulebohn, Conlon, Sarinopoulos, Davison,& McNamara (2009)は、fMRIという、人間の脳の活動をリアルタイムで測定する機器を用いて、人が異なる種類の不公平感(結果に対する不公平感と手続きに対する不公平感)を抱いたときに、脳の活動が異なるかどうかを調べました。


Dulebohnらの研究の結果わかったのが、人は「その手続きは不公平だ!」と感じるときは、脳の中でも社会認知に関する部位の活動が活発になりやすいのに対して、「その結果は不公平だ!」と感じるときは、脳の中でもより感情に関連する部位の活動が活発になりやすいということです。要するに、不公平感の種類の違いによって、脳内で活動が活発になる部位が異なるということなのです。


これは以下のようなことを示唆しています。まず、私たちにとっては、結果が不公平であるかどうかは分かりやすい判断であり、結果が不公平だと判断した場合は、即座に感情的になって怒りや感情の爆発が起こりやすいといえます。感情をつかさどる脳内の部位が活発化しやすいからです。それに対して、手続き的公平の判断はより思考や社会的文脈の考慮が必要になるため、手続きが不公平だという判断(とりわけ結果が不公平だという判断は伴っていない場合)は、怒りが爆発するなどの感情的な反応は起こりにくいといえます。社会認知を扱う脳内部位のほうが活発化しやすいからです。分配的不公正と手続き的不公正が異なる反応を喚起するのには、私たちが生得的に持っている生物学的特質に起因していることが明らかになったわけです。


このように、神経科学的な証拠によって、結果への不公平感が怒りなどの感情的反応を喚起しやすいということが明らかになったわけですから、組織としては、仮に不公正な結果になってしまったことを従業員に伝えなければならないときには、十分に感情面への配慮をしたうえで伝えることが重要だといえます。直接的にもしくは不用意に不公平な結果を伝えることは避けなければならないということでしょう。唐突に不公平な結果を従業員に知らせるということは最悪なことであり、そうではなく、そこに至る手続きやプロセスが公正であるということを前もって従業員にアピールし、彼らがより認知的に手続きを評価するようにさせ、そのあとで結果を見せるならば、それが例え不公平なものだと感じられたとしても、怒りなどの感情的な反応を抑えることができると考えられるのです。

文献

Dulebohn, J. H., Conlon, D. E., Sarinopoulos, I., Davison, R. B., & McNamara, G. (2009). The biological bases of unfairness: Neuroimaging evidence for the distinctiveness of procedural and distributive justice. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 110(2), 140-151.