自信過剰で過度に楽天的な起業家は結局のところ成功するのか

人間ならば誰しも、物事を判断し、意思決定を行う際にバイアスがかかることが知られています。例えば、行動経済学という学問は、人間が合理的に意思決定するという前提を緩め、判断や意思決定にバイアス(認知バイアス)が介在することを念頭においた研究を行っています。意思決定を行う際に、過度に楽天的になること、あるいは自信過剰になるという認知バイアスも知られています。そして、Frese & Cielnik (2014)によると、起業家は、そうでない人たちに比べて、過度に楽天的で自信過剰でありがちであることが研究者によって指摘されてきました。では、起業家と呼ばれる人たちが陥りがちな過剰楽天的バイアス、自信過剰バイアスは、結局のところ、起業の成功に寄与するのでしょうか。Frese & Gielnikは、以下のとおり、この問いについて検討しています。


まず、一般的に、人間が持つ認知バイアスは、判断や意思決定の近道の役割をするため、過度に注意深く思考することなく、すばやい判断や意思決定を可能にします。起業のように刻一刻と状況が変化し、すばやい対応が求められる環境では、認知的近道は確かに判断や意思決定を速め、複雑な状況に置かれた際のすばやい対応につながるでしょう。つまり、起業家が持つ「野生の勘」のようなものには認知バイアスがなんらかの形で介在しているといえそうです。その一方で、認知バイアスは、人間が判断や意思決定を間違える可能性を示唆します。したがって、起業家が「野生の勘」に頼ることによって、重要な場面で意思決定を間違えるという危険性をはらんでいるともいえましょう。


次に、Frese & Gielnikは、自信過剰バイアスと過剰楽天的バイアスに絞って、起業プロセスにおけるそれらの効用および弊害について論じています。まず、Frese & Gielnikは、スタートアップ期など、起業の初期プロセスにおいては、自信過剰バイアスと過剰楽天的バイアスは、起業プロセスを前進させるうえである程度必要であると論じています。起業家が自信過剰であり、過度に楽天的であるということは、彼らが自分が興したビジネスが成功すると強く信じて疑わないことを意味します。しかし、事業のスタートアップ期は不確実性が多く、さまざまな困難が待ち受けています。起業家が困難や不測の事態が起こるたびに凹んでいては心身とももたないばかりか、事業の成功もおぼつかないでしょう。よって、自信過剰で楽天的な起業家は、困難な状況においても事業の成功を疑うことなくモチベーションを維持し、前進し続けるという逞しく強靭な精神力を発揮するともいえるのです。


しかし、Frese & Gielnikは、起業プロセスの中期・後期になってくると、起業家の自信過剰バイアス、過剰楽天的バイアスは、ベンチャー企業の生き残りやさらなる成長に関しての弊害となりうることを指摘します。第一に、過度に楽天的で自信過剰な人は起業家は、目先のリスクを過小評価し、入ってくるネガティブな情報も、勝手に都合のよいかたちに解釈し、非現実的な目標の設定や意思決定をする危険があります。そのため、知らず知らずのうちに大きな事業リスクを背負い込んでしまう可能性があります。例えば、無理な事業への強引な参入、いったん投資してうまくいかないプロジェクトからの撤退拒否、競合他社の軽視、自社の製品やサービスの品質や顧客満足についての根拠のない自信などです。


上記の議論から、Frese & Gielnikは、結局のところ、起業家にありがちな自信過剰バイアス、過剰楽天的バイアスは、ビジネスのスタートアップ期には、起業家のモチベーションや推進力の維持という面においてポジティブな効果をもたらし、事業が軌道にのった後の生き残りや成長期にかけては、過剰な事業リスクを背負うことにつながるという面においてネガティブな効果をもたらすと結論づけています。よって、自信過剰で楽天的な起業家のもとでビジネスの立ち上げが成長し、会社が軌道に乗ってきた暁には、彼らのバイアスのかかった判断や意思決定に対してある程度ブレーキをかけることができるような参謀もしくは番頭の存在が重要となってくるのではないでしょうか。

参考文献

Frese, M., & Gielnik, M. M. (2014). The psychology of entrepreneurship. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1.