仕事で負荷がかかることはクリエイティビティにどう影響するか

ビジネスの世界ではグローバル規模での競争が激化し、従業員がクリエイティビティを発揮し、イノベーションが起こることが競争に勝ち抜くために益々重要になりつつあります。同時にそれは、従業員に対してクリエイティビティやイノベーションへのプレッシャーを強めることにつながり、従業員にとってはストレス過多の状態に陥る可能性も出てきています。つまり、クリエイティビティが要求される職場になるほど、従業員に対するプレッシャーや仕事の負荷も高まるという状況になりがちなのです。ただし、ストレスの原因となるストレッサーは常に悪いわけではなく、むしろ従業員のクリエイティビティを促進するようなストレッサーもあるということが指摘されています。


例えば、ストレッサーでも障害的ストレッサー(hindrance stressors)と呼ばれるものは、雇用保障の欠如や過度な社内政治などに起因するストレッサーですが、これは一貫してクリエイティビティを抑制してしまうことが示されてきました。一方、困難的ストレッサー(challenge stressors)と呼ばれるものは、仕事上の大きな要求や責任など、仕事上の負荷に関するストレッサーですが、こちらについてはクリエイティビティを促進するという説、クリエイティビティを弱めるという説などが混在してきました。


Sacrament, Fay, & West (2013)は、困難的ストレッサーすなわち「仕事で負荷がかかること」に注目し、仕事上の負荷がクリエイティビティを促進させるか抑制させるかは、本人の動機付けに関連する志向性(制御焦点: regulatory focus)のあり方に影響されるという仮説をたてました。制御焦点理論によると、人々の志向性は、促進型(promotion focus)と防止型(prevention focus)の2つのタイプに分かれます。促進型の人は、理想や利益の獲得を追い求め、チャンスを見つけて活かそうとします。つまり、チャンスに敏感で、リスクを冒してでも勝ちにいこうとするタイプです。一方、防止型の人は、安全を志向し、保守的で用心深く、失敗を回避しようとします。つまり、ネガティブな結果の可能性に敏感で、慎重派で失敗しないこと、負けないことをモットーにするタイプです。


Sacramentらは、仕事上で負荷がかかる場合、それは促進型の人にとってはクリエイティビティを高めることにつながり、防止型の人にとってはクリエイティビティを弱める原因となると考えました。その理由は次のようです。促進型の人にとって、仕事で負荷がかかることは、それを乗り越えることでポジティブな効果が得られるのではないかというチャンスとして映ります。仕事の負荷に対してストレスを感じつつも、失敗を恐れず積極的に挑戦し、乗り越えていこうとする態度が、現状打破につながるクリエイティビティを高めると考えられます。一方、防止型の人にとっては、仕事で負荷がかかることは、失敗するリスクを高める要因として映ります。よって、負荷に対してストレスを感じ、より保守的、伝統的、用心深い仕事の仕方をすることにつながり、そのような仕事ぶりはクリエイティビティを弱めると考えられます。


また、クリエイティビティが人間の脳内でどのように生じるのかという視点に立てば、それは脳内にある様々な認知的要素(概念など)が結合することで引き起こされるメカニズムであると理解できます。クリエイティビティが起こるためには、脳内の様々な要素が眠っていてはだめで、多様な要素が活性化していて初めて結合が起こります。これと、制御焦点とが関連しています。促進型の人は全体的な情報処理をする傾向がありますが、仕事で負荷がかかる場合にはそれがさらに活性化します。脳内から新しい情報を取り出そうとするので視野が広がり、クリエイティビティを促進するわけです。一方、防止型の人は、分析的思考をする傾向がありますが、仕事で負荷がかかるとより慎重となるために、脳内から新しい情報を取り出そうとはせず、よく使われている安心できる情報に頼ろうとします。よって、脳内のさまざまな概念が活性化せず、視野が狭くなりクリエイティビティが弱まると考えられるのです。


さらに、行動や意思決定の特徴についても促進型と防止型で異なります。促進型の人は、リスク志向であるため、仕事で負荷がかかる場合、それを打破するためにリスキーな行動を高め、新しい方法に挑戦しようとします。それがクリエイティビティを促進させると考えられます。一方、防止型の人は、リスクを取ることを避け、堅実な方法をとろうとします。よって、仕事で負荷がかかるとその傾向がさらに強まり、クリエイティビティを抑制すると考えられます。Sacramentoらは、これらの仮説を、実験的手法とフィールドサーベイを併用することでその妥当性を実証的に示すことに成功しました。この実証研究では、チームレベルにおいても、チーム全体が促進型の風土である場合に、仕事上の負荷がクリエイティビティを高めうることを示しました。


人間の制御焦点(促進型か防止型か)は、性格のように固定されてしまって変えようがないものであるわけではありません。むしろ、職場環境やマネジメントよって、人々の制御焦点を変えることも可能です。Sacramentoらの研究成果は、マネジャーが従業員の制御焦点を防止型ではなく促進型にもっていくようにマネジメントをすることによって、クリエイティビティに対する大きなプレッシャーや大きな負荷がかかっている状況において、期待通りクリエイティビティを高めることにつながる可能性を示唆するものだと言えます。

文献

Sacramento, C. A., Fay, D., & West, M. A. (2013). Workplace duties or opportunities? Challenge stressors, regulatory focus, and creativity. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 121(2), 141-157.