フェア・マネジメントと信頼との関係:「第一印象」にご用心

フェア・マネジメントにおいて重要な概念であるのが「信頼」や「信頼感」です。学術的にいうと、「信頼」とは「相手が自分を裏切らないことを信じて、自分の弱みをさらけだそうとすること」で、「信頼感」とは「相手が信頼するに足る対象であると感じること」です。順序的には、まず、相手に対して「信頼感」が生じて、それがゆえに相手を「信頼」するといえます。例えば、大切な自分のお金を誰かに貸す場合、まず相手に対する「自分を裏切らない(お金をきちんと返すだろう)」という信頼感があるから「信頼する(お金を貸す)」ということになります。


さて、個人同士の関係のみならず、組織と従業員といった関係においても、通説では、フェア・マネジメントによって、従業員が組織に対して「フェアである」という印象を持つならば、それが組織に対する信頼感の醸成につながり、そして組織に対する信頼につながるとされてきました。組織で働く従業員は、自分が属する組織が信頼に足る対象なのかどうかを知りたいため、その判断材料として、組織がフェアであるかどうかという情報を用いるということです。このプロセスからは、組織が地道にフェア・マネジメントを実践することで、組織に対する信頼感と信頼が、ゆっくりと着実に形成されていくことが示唆されます。


しかし、Holtz(2013, 2014)は、この考え方に一石を投じます。フェアネス知覚が、信頼感や信頼にゆっくりと影響を及ぼすというプロセスもあるだろうが、実は逆の関係、すなわち、第一印象などによって信頼感や信頼が急速に芽生えたのち、フェアネス知覚に影響を及ぼすというプロセスも存在するのだと主張するのです。彼らが拠り所とするのは、進化論的な視点です。人間というものは、進化の過程で、相手の表情などを一目みただけで、相手が信頼に足る対象なのかどうかを瞬時に判断するような性質が脳に埋め込まれているというのです。これは、石器時代のようなときに生き残っていくためには必須の条件だったことは納得できます。第一印象で瞬時に相手のことを判断し、かつその判断が後々の意思決定などに大きな影響を及ぼすといった人間の特徴はさまざまな研究でも確かめられています。


そして、Holtzが用いるもう1つの理論枠組みは、人間はどのようにフェアかアンフェアかを見分けるのかに関する「反事実的思考」です。これは、人がある出来事を経験もしくは目撃したときに、「違うやり方もあったのではないか」と想像するプロセスを指します。例えば、自分にとって理不尽だと思える結果を受け取ったときに「もしかしたら、もっと理にかなった結果を受け取る可能性があったのではないか」と考えます。そして、その考えが確からしいとき、すなわち「本当はもっと理にかなった結果が得られるはずだったのに、何らかの原因によって理不尽な結果になっている」という信念が強くなったときに、「アンフェアだ」という認識が強まるわけです。そしてその「なんらかの原因」を作り出した主体を、「アンフェアだ」と責めるわけです。


Holtzは、人々は、まず第一印象で瞬時に、相手が信頼に足る対象かどうかを見極めるため、もし、「その相手は信頼できない対象だ」というように判断したならば、その相手による行為はすべて「信頼できない」と疑いがちになるだろうということを示唆します。つまり、相手が信頼できない対象だと思い込んでしまうと、実際に相手を信頼しなくなります。そうなると、その相手が行った行為については、常に「もっとよいやり方があったのかもしれない(なのに相手はそうしなかった)」と考えがちになるため、結果として、相手の行った行為を「アンフェアである」と判断しがちになるというのです。


逆に、第一印象で、「その相手は信頼に足る対象だ」と判断した場合、その人は相手を信頼するようになります。相手を信頼しているならば、たとえ相手がした行為がちょっと理不尽であると感じたとしても、「おそらくそのようにせざるをえない理由があったのだろう」などと相手の行為を正当化し、「もっとよいやり方があったのではないか」という反事実的思考をする可能性が低くなるということになります。つまり、相手の行為を「アンフェアだ」と思う確率が下がるわけです。


つまり、Holtzの主張によれば、ある対象がまったく同じ行為をし、まったく同じ結果を導いたとしても、人々がその対象に対して信頼感を抱いているか否かによって、それゆえに信頼しているかどうかによって、フェアかアンフェアかの判断が異なってしまうというわけです。Holtzは、この考え方を、一連の調査・実験を行うことによって実証しました。彼の研究成果は、組織や人がいくらフェア・マネジメントに励んだとしても、第一印象が悪くて「不信感」を相手に与えてしまったら、効果が半減してしまうことを意味します。逆に、第一印象で、自分たちは信頼に足る対象であるというように相手に思ってもらえたならば、その後のフェア・マネジメントの効果も一層高まることが予想されるのです。

参考文献

Holtz, B. C. (2013). Trust primacy a model of the reciprocal relations between trust and perceived justice. Journal of Management, 39(7), 1891-1923.

Holtz, B. C. (2014). From First Impression to Fairness Perception: Investigating the Impact of Initial Trustworthiness Beliefs. Personnel Psychology, 63, 499-546.