システム思考で学ぶ「偶然を味方にするキャリア術」

予期せぬ生じる偶然をチャンスと捉え味方にしていくことは、自分のキャリアを切り開いていく上でとても重要です。そして、この考え方を土台にした理論の代表格が、クランボルツの「計画された偶発性」であったり「セレンディピティ」であったりします。そして、当ブログでも「エフェクチュアルなキャリアデザイン」を提唱しています。今回は、この「偶然を味方にするキャリア術」を、システムダイナミクスあるいはシステム思考という視点から理解してみます。この考え方のポイントは、予期せぬ出来事や偶然に思える出来事というのは、実は、自分がその一部となっている複雑なシステムの挙動によって生じたものであることを理解するというものです。そうすることで、なぜそのような驚くべきことや偶発的なことが起こるのかが分かり、それらを生み出すための方策や、それを自分に有利になるように活用するための示唆が得られるわけです。

 

自分のキャリアに大きな影響を与える出会いとか出来事とか、それらが予期せぬ形で生じること、偶然の産物と思えることは、全くのランダムな出来事であったり奇跡であるというわけではなく、ちゃんと理由があるということなのだし、神様の目から見たらきちんとした因果関係に基づいて生じた必然的なことでもあるわけです。例えば、よく分からないけれども突然、どんどんと成功するようになって運が味方しているとしか考えられない場合とか、逆に、坂道を転がり落ちるように失敗してしまい、運が悪いとしか言いようがないように思える場合、あるいは、何を試しても状況が変化せず、ずるずると悪化してしまう場合、むかし会ったことのある人から突然転職の誘いが来たなど、いろんなことが起こるでしょう。これらの現象には本当は理由があるのですが、私たちは神様ではないので、そのメカニズムを正確に把握することも、その挙動を正確に予測することもできないため、予期せぬ出来事とか運だと知覚するのです。

 

しかし、システムダイナミクスやシステム思考を援用すれば、上記のようなシステム挙動の仕組みがある程度は分かってくるので、知らない人と比べると随分と有利な立場に自分の身をおくことができるのです。メドウス(2005)のシステム思考の入門書などが指摘するように、とても複雑な挙動をするシステムであっても、それは、2つのタイプのフィードバック(自己強化型ループとバランス型ループ)と、フィードバックの時間的遅れ(アクションを起こして、それがフィードバックとして返ってまでに時間がかかること)の組みあわせとして成り立っており、それが、成長、停滞、衰退、振動、ランダムな動き、進化といった経時的なパターンを生み出します。自己強化型ループは、増幅型、自己増殖型、雪だるま式のもので、好循環もしくは悪循環を生み出すループです。バランス型ループは、安定を求め、目標を追求し、あるいは調整を図るループです。そして、フィードバックループの時間的遅れはシステムの制御を複雑で難しくする原因になります。

 

上記のとおり、システムは、自己強化型ループ、バランス型ループ、時間的遅れが組み合わさってできていると考えることができ、これが複雑に組み合わさっていると、システムの挙動がしばしば私たちをびっくりさせることになります。その原因は、私たちの知覚や思考が単純で直線的(線形)であるのに対して、現実の世界で諸現象を生み出すシステムは非線形であるところにあると言えるでしょう。フィードバックループや時間的遅れが含まれるシステムが線形的な挙動をすることはほとんどあり得ないからです。このような非線形から生まれたびっくりさせられる諸現象が、システムの真っ只中に至り、システムを観察する人の「主観」では、予期せざる出来事とか、偶然とか運によってもたらされた出来事に映るのだと考えられるのです。

 

例えば、仕事において突然物事が好転しだしたと思ったら、成功が成功を呼ぶような状態となって飛ぶ鳥を落とす勢いが生まれ、爆発的にキャリアが発展することがあります。これは、システムの中において何らかのきっかけで自己強化ループが発動した結果だと解釈することができます。例えば、自分が良い仕事をして評判が高まる。その評判を聞きつけた人が良い仕事を紹介する。その仕事は良い仕事なので業績がさらに高まる。そうするとそれが更なる評判の向上につながる。評判がさらに高まれば、もっと良い仕事が来る、といったような自己強化ループが働いていると考えられます。

 

しかし、このような爆発的な成功、成長はいつまでも続かないのが世の常です。なぜなら、システムの中で、そのような爆発をある一定の水準で安定させようとするバランス型ループが働いていたり、逆に、物事を悪化させる方向で増殖させる自己強化ループを発動させるトリガーがあったりするからです。後者の場合、どこかで好循環の自己強化ループが悪循環の自己強化ループにとって代わられるようになり、成功から一転して坂道を転がり落ちるように失敗していく現象につながるのです。ただ、爆発的な成長の例と同様に、底なし沼に落ち続けることも稀で、どこかでバランス型ループや好循環を生み出すループが発動しはじえることも多いのです。

 

別の例だと、仕事において業務改善の必要性を感じ、改善のための施策を立案して実行してみても一向に状況が改善しない場合があります。これは、現在の状態を保つためのバランスループが働いていて、そこから逸脱するような改善策を講じても、その反対の力が作用して元に戻ってしまうという構造になっているのかもしれません。元に戻る力が相対的に強いと、状況が段々と悪化するということも生じます。また、フィードバックの時間的遅れが働き、効果が目に見えるまでの十分な時間が経っていない可能性もあります。時間的遅れに関していうならば、過去に名刺交換をした程度の人から直接ビジネス提案のメールが届き驚き、結果的に成立につながったということもあるでしょう。これも、過去にその人に対して起こったアクションが、本人はとっくに忘れてしまっていても、機が熟すまでの時間的遅れを伴ったフィードバックループが働いて自分に返ってきたと解釈することが可能です。

 

自分はそれほど強力なリーダーシップを発揮していないのに、自分の周りにいる人々が勝手に相互作用をしはじめた結果、自分のチームでいろいろなプロジェクトが発足したり大きな成果が生まれたりすることもあるでしょう。これは、複雑なフィードバックシステムが絡み合ったシステムが「自己組織化」した結果、システム全体が進化している状況を示唆しています。自己組織化が発動すると、システムから特異なパターンが出現してくるため、それがクリエイティビティやイノベーションにつながったりするのです。またそれらがシステムにおいて連鎖反応を起こし、効果が広範囲に普及していくプロセスも生じえます。システムの中のレバレッジポイントの理解も重要です。レバレッジポイントとは、小さな力でシステム全体に影響を与えることができるような点です。この点を適切に変えれば、物事は改善しますが、反対に変えてしまうと物事を悪化させる原因となります。メドウスによれば、システムが複雑化するにつれ、その挙動が予期せぬものになるため、レバレッジポイントもあまりにも直感に反するが多いといえます。

 

さて、これらのシステムダイナミックス的な世界の理解、もしくはシステム思考が私たちのキャリアのマネジメントに与える実践的示唆はどのようなものでしょうか。まず、キャリアを考える私たちが知っておくべきことは、自分自身も社会を構成するシステムの一部であり、自分の行動がシステムを形作ったりシステムに影響を及ぼすとともに、システムからの影響も受ける存在だということを理解することです。例えば、自分自身がいろんな人やモノと繋がっていくと、広範なネットワークの一部に自分が位置付けられます。ネットワークは人的ネットワークのみではありません。場所とか物理的なモノとのつながりというのも含みます。ネットワークが複雑であれば、そのシステムの挙動も複雑で、時にはびっくりさせられることもあります。また、ネットワークでつながっている人やモノが多様であれば、それらが相互作用を起こして自己組織化し、自分にとっても新たなチャンスが生まれる可能性も高まるでしょう。

 
逆に、自分があまり他の人々やモノとつながっていない場合、自分を含むシステムがシンプルなものであるために、挙動もシンプルなので変わったことやびっくりすることは起こりにくいと言えます。「計画された偶発性」や「セレンディピティ」で指摘されるような予期せぬ出来事や偶然も起こりにくいため、これらの機会を活用することもできません。ですから、「計画された偶発性」や「セレンディピティ」を高めるためには、まずはいろんな人やモノとつながって自分が複雑なシステムの一部となること、そして、その複雑なシステムに対して何らかのアクションを取ることで、システムの挙動を生み出し、それを確かめること。そして、びっくりするような挙動があった場合、その原因を想像して、それが自分にとってチャンスだと感じる場合はそれを活用することです。例えば、自分を成功に導く自己強化ループが作動し始めたと感じた場合、その挙動を支配するレバレッジポイントを探し出して、自己強化ループをさらに強化することを検討するとよいです。
 
もちろん、システムの複雑な挙動は自分にとって不利となる状況を生み出す可能性も十分ありますから、そうなった場合にも、慌てずにそれが生み出される仕組みを想像、分析し、まちがったアクションを起こさないこと。つまり、ネガティブな自己強化型ループをさらに強めたり、そのループを抑えようとするバランス型ループを弱めてしまうなど、状況をさらに悪化させてしまうようなことをしないよう心掛け、不利な状況を改善するための適切なアクションを探し出すということになるでしょう。さらに、システムにはフィードバックの遅れがあることを理解するならば、自分が起こしたなんらかのアクションが、「風が吹けば桶屋が儲かる」の諺が示すように、自分が忘れたころに思いがけない形で返ってくることもあるので、何かアクションを起こして反応がなかったとしても、アクションを起こして「種をまき続ける」ことも大切だといえましょう。
 
なお、誤解を避けるために付け加えると、システムダイナミクスの知識やシステム思考を駆使して自分の周りのシステムを理解出来たら、自分の思い通りにそれを制御することで自分のキャリアマネジメントに適用できると考えるのは不適切です。メドウスも強調するように、自己組織的で非線形的なフィードバック・システムは、本質的に予測不可能だからです。その代わり、メドウスは複雑なシステムを制御することを放棄し、「システムとダンスを踊る」ことを推奨するのです。この考え方は、「計画された偶発性」や「セレンディピティ」とも親和性があるものであり、「エフェクチュエーション」でいっている、自分がコントロール可能な部分のみに集中することとも整合性がある話なのです。
 
最後に、今回紹介したシステム思考で学ぶ「偶然を味方にするキャリア術」のポイントをまとめておきます。
  • いろんな人やモノとつながることで自分が社会における複雑なシステムの一部となり、そのシステムにいろいろと働きかけてみることで、自分のキャリアの発展に影響を与えるような予期せぬ出来事や偶然だと思われるびっくりするようなシステムの挙動が生み出されるような確率を高める。
  • 自分の周りでキャリアの発展(専門分野、昇進・昇格、転職、配置転換、ワークライフなど)に関連してどのようなフィードバックループや時間的遅れが生じているか、どのようにそれらが組み合わさっているかを想像したり分析し、実際に生じているシステムの挙動と照らし合わせて理解してみる。
  • 自分のキャリアに影響を与えるかもしれない予期せぬ出来事、びっくりするような出来事が起こった際に、それが生じた原因やメカニズムをシステム思考を用いて分析してみる。
  • システム思考を用いて自分のキャリアを有利な方向に導くような好循環を維持する方策、自分のキャリアを悪化させるような悪循環を断ち切る方策、あるいは自分のキャリアに停滞感があるときに現状から抜け出す方策などを考え、その効果を試行錯誤的に試して反応をみる。そしてうまくいかない場合は修正し、うまくいった場合はそれをさらに実施する。

抽象的なまとめにはなりましたが、自分の過去のキャリアの軌跡、成功した人、失敗した人のキャリアストーリーなどを今回のフレームワークを用いて解釈してみると、このフレームワークの理解が進み、自分のキャリアへの応用の仕方のヒントが得られると思います。

参考文献

ドネラ・H・メドウズ 2015「世界はシステムで動く ―― いま起きていることの本質をつかむ考え方」英治出版

jinjisoshiki.hatenablog.com


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